見捨てられの傷からの補償行為。
どんなに幸せでも
その傷が幸せであることを拒む。



嘘のような本当の話し。





繰り返すその苦しみが
無意識にその選択をしてしまうことが
それは傷による補償行為。



嘘のようなことだけれど
幸せである事が怖くて
無意識にどこか孤独を抱えている誰かを
守ったり救ったりすることに
自分の存在意義を見出したがる。

親に対する好きの気持ちが
ずっと親に対して抱いていた想いを
自分の理想の愛と勘違いする。



もう、その役はしなくていいんだ。



お父さんはあれで幸せだった。
お母さんも幸せなんだ。

そして、もう自分自身を一人にしない
ということ。



理想の幸せで生きると決めること。



理想の幸せでいることに
物足りなさを感じて
わざわざ救いたくなるような
心も開いてくれない相手をも受け入れようとする
偽善的補償行為は、もうしない。




本質が見えてしまう
そして全て受け入れて支えたくなる
その資質はカウンセラーとして
活かせばいい。
まさに天職じゃんか(笑)





そして、ほぼ理想が叶っている幸せを
こっちをしっかり受け入れて
さらに貪欲に欲しい未来を手にする。



私がしたいこと
私だからできること
それをしっかり形にする。




今年に入ってから
お誕生日を迎えた今日までに
少し先の未来予想図がしっかりできた。





本物の未来へ行く✨