太陽は
le soleil
男性名詞で、
月は
la lune
女性名詞です。
ギリシア、ローマの神話で、太陽を男の神に描き、月を女神に描いてきた歴史がここに影響を及ぼしているのはいうまでもありませんね。
いま、「ルナティックス」(松岡正剛)という本を読んでいるのですが、「月を遊学する」という副題の通り、月をめぐる美術、文学、音楽、映像、漫画はもちろん、歴史や神話、宗教、伝説から物理学や天文学、生物学まで、月の博物誌とでもいうべき、多彩なものが描かれていて、とても面白いです。
ともすれば太陽の強さよりも、月の柔らかさを好み勝ちなミヨ介のごとき人間にとって、ページをめくるごとに現れる月の様々なる意匠は、ただただ恍惚とさせるものなのです。
さて、ヨーロッパで無意識のうちに成立している
太陽=男
月=女
という等式は、日本では正反対の姿をとります。
太陽=女
月=男
天照と月読の関係が、ここに反映しています。
なんだか不思議です。
卑弥呼は、古代日本の最高権威者でした。
巫女である彼女が神の声を聞き、弟がそれに基づいて統治しました。
天照神話は持統天皇の権威を確立するために、藤原不比等が仕掛けた政治劇だったともいわれています。
そういえば、壬申の乱に際して、大海人皇子は妻である鑽良皇女を神に見立てた演出をして、自軍の士気を奮い立たせたというのを、何かで読んだことがあります。
折口信夫だったか、古代日本では父方よりも母方の系図が力を持っていた、ということを指摘していました。
持統天皇をはじめ、女帝もたくさん誕生したそうですし、そのあたりのことが、太陽と月の見立てに影響しているのかもしれませんね。
月が男性名詞でも、女性名詞でも、どちらでもいいのですけど、明恵のようにひたすら、あかあか、と月を称えてみたい気がします。