昨日今日と東洋館。

芸歴60年、元ナンセンスの岸野猛師匠がコンビを解散してピン芸人として12月の舞台から再スタート。

齢83歳にして、ピン芸人として新ネタで挑むという修羅の道を歩む姿に芸人として感動すら覚えた。

で、昨日はピン芸人としての2回目の舞台。

袖には大量の若手たちがグルメな笑いを求めてなのか、自然と集結していた。

つかみは「いやぁ〜、相方が認知症になってしまいまして」という超ハードなワードで心を鷲掴みにしてくる。
「で、検査したら肺にガンも見つかってしまいまして」と畳み掛ける。

聞かされたお客さんは、本当なのかシャレなのかわからず困惑する。予想とは違う反応に困惑する岸野師匠。
聞くところによると、一昨日のデビュー戦は反応が薄かったようで慌てて物凄い早いテンポで喋っていたらしい。

けれども岸野師匠は舞台で戦い続ける。
これぞ芸人だ。格好いい。

ナンセンス師匠は「初詣!爆笑ヒットパレード」の第一回、第二回の総合司会でもあり、「旗上げゲーム」など今では当たり前になっているネタの始祖。いわばキングオブレジェンドだ。

なのにそんな実績すらリセットして、そしてそんな実績すら知らない若手芸人の好奇の目にさらされながらも、ピン芸人として再スタートを切る師匠に改めて芸人というのは修羅の道なんだなと実感した。


「芸人というのは出てきた時にお客さんから『待ってましたー!』と言われるのが嬉しいんですよ。けど、舞台終わった時に『待ってましたー!』と言われる事がありまして…。それは悲しい!」


そんなネタを言いながら、岸野師匠は小気味よく笑いを取って行く。

一昨日のデビュー戦でもこのくだりはウケたようだった。流石、芸歴60年は伊達じゃない。技術が優れている。

シッカリと笑いを取り、オチ台詞を言って舞台を降りようとする。すると、粋なお客さんから「待ってましたー!」と言われる。

大チャンス!!

「ちょっと!お客さん!!そんな事言わないでよ!」的な事を言えば特大ホームランだ。

ところが、岸野師匠は83歳。耳が常人の10倍悪い。

全く聞こえていなかったようで、その「待ってましたー」を完全に無視する形で舞台を降りてきた。

ありゃりゃ。
ネタ終わりに「待ってましたー」とボケた客を思うと、それはそれは恥ずかしかった事だろう。

「あれ?ちょっと怒ってるのかな?」という疑惑すら残させる不穏な終わり方。

そんな修羅のデビュー戦だったようだ。





舞台終わりに『X-GUN』の嵯峨根さんと駅に向かっていると、車道をママチャリで疾走するおじいさんを目撃する。

「あ。(『春風』)こうた師匠や!声かけた方がええんちゃう?」

嵯峨根さんにそう促され、私は大声で叫ぶ。

「こうた師匠!!!こうた師匠ー!」

全く気がつかない様子だったので、手を叩きながら名前を叫ぶ。
「こうた師匠!!(パンパンッ!!)こうた師匠!(パンパンッ!!)」

大型犬を呼ぶブリーダーのように手を叩いて、名前を叫ぶ。

車道から歩道に出て、ママチャリで疾走するこうた師匠。その後ろで手を叩きながら「こうた師匠!!こうた師匠ー!」と追いかけながら叫び続ける。我々は1メートル後ろくらいまで接近していた。

「こうた師匠!!おい!こうた!!」

が、一切振り返らない。
道行くこうた師匠以外の人は振り返るが、当のこうた師匠だけは気づかない。

え?なんで?
結構な至近距離で呼んでるのに?

おそらくこれは気づいた上で無視をしているのでは?
そう思った理由としてはこうだ。

自転車で走っていると、後ろから自分を呼ぶ声がする。

「こうた師匠!」と呼んでいる事から察するに若手だ。
しかも声が2種類。ということは2人いる。

今の時刻は17時。飲みに誘うぐらいの時間。
しかしもし誘ってしまったら、2人分奢らなければならない。飲みに行きたい所だが、奢るほど懐はあったかくない。
なので、ここは気づかなかったことにして通り過ぎよう。


そんな考えがあったかどうかはわからないが、とにかく『春風こうた』師匠はママチャリで走り続ける。その後ろを追いかける我々。

もうすでに呼び止めるという域は超えていた。はたから見たら、ママチャリで逃げる老人を「師匠ー!」と叫びながら追う中年2人である。
なんだったら「師匠ー!」ではなく、「ちきしょー」っていう風に聞こえていたのではないか。


だいぶ走った後、観念したのかこうた師匠はキッ!とブレーキをかけ、振り返る。

「オ、オォー!ナ、ナンダ、オマエラカ!ド、ドウシタ?」

物凄い三文芝居で今我々に気がついたという演技をしていた。
ドラマの撮影だったら、すぐにカットがかかり、監督にメガホンで叩かれるほどの棒読み。

「いや、こうた師匠をお見かけしたので。声をかけたんです!」

「そうか、そうか。俺、さっき国立(演芸場)だったんだよ」

会話になってない。なぜ今、国立演芸場でネタをやってきた話を?

「あ。そうなんですか。」

「まぁ、今度飲みに行こう!今日はちょっとアレだから!今度必ずな!ほいじゃ」

そう言って自転車にまたがり、ハヤテのように去っていった。


飲みに誘ってもいなければ、これから飲みに行く予定もないのに、なんかフラれた気分だった。

再び駅に向かいながら、『X-GUN』嵯峨根さんと「やっぱり面白い師匠ですね」と話す。

そしてふと気づいた事がある。

え!?国立演芸場から浅草までをママチャリで行ったの??
国立演芸場って永田町だぞ!永田町から浅草までをママチャリで走る70代。

そんな修羅の道を行くこうた師匠にも尊敬すら覚えた。





今日思った事:小田急線あるある:急行だと、下北沢から登戸まで13駅くらいふっ飛ばして行くので乗り過ごしたら地獄。