28日は漫才協会一年に一度のビッグイベント「漫才大会」

入り時間の9時には浅草公会堂のロビーに漫才協会のほぼ全ての芸人が集結していた。

副会長の『ナイツ』の塙さんが「28点!51点!43点!75点!」と目に付いた芸人を採点しながら登場してきた。

「いや、M-1の審査員に選ばれたから練習してたんだよ」としなやかなにボケる。

全員集合後、理事『ナイツ』の土屋さんによる大号令で皆が点々ばらばらで楽屋へと向かう。

私は若手楽屋に向かう前に、自販機で飲み物を買おうとすると『おぼんこぼん』のおぼん師匠に会う。

「お前何したんや!!こないだ貴明から電話があって、俺らのモノマネした奴がいるって聞いたけど、何をやったんや!放送後、知り合い親戚、昔のツレ、色んな奴から連絡があったで!!」

「あ!!すいません…」と照れ笑いを浮かべる。

「まぁ、ええけど!にしても、その服なんや?めっちゃええな。」

「はい。こぼん師匠から貰いました」

「ダッサい服やな!!」と蹴り飛ばされた。
粋な先輩で本当に良かった。



我々がいる若手楽屋は、ボキャブラ芸人から入りたての若手までが駐在するいわゆる大部屋楽屋。

皆が色んな芸人と雑談する中、楽屋の隅で『うすくら屋』という双子芸人だけが誰とも喋らず、ネタ帳を広げてずっと練習していた。

『うすくら屋』はどちらかと言えば自己評価が高く、毛穴からライブ至上主義の哲学を吹き出し、青臭さが目立つ余りなのか漫才協会の芸人とは意図せず距離を置いてしまっているように感じられる節があった。

まぁ、私もそんな彼らを一瞥して、先輩や同期とゲラゲラと談笑していた。


昼の部が始まり、ネタを滞りなく終え、仲入り後のタップダンス。

こぼん師匠による一年間の稽古の集大成をみせるため、タップダンスに参加した若手は楽屋でも稽古に余念がなかった。

お祭り好きなだけで参加した私も戯れにタップの稽古をしていたので、明らかに下手クソだった。

その下手クソさを見るため、舞台袖で『X-GUN』の西尾さんが凝視をしてゲラゲラと爆笑していた。

タップが終わり、楽屋に戻ると沢山の芸人からいじられる。

「お前だけワンテンポずれてんだよ!」

「というか、振りと歌覚えてないだろ!」

「歌のパートの時の口パクも適当すぎて全く合ってなかったぞ!」


頭をポリポリと掻きながら、楽屋での公開処刑を甘んじて受ける。


そんな中、『こぼん』師匠は「来年もタップの練習をしよう!」と言ってくれた。半ばおふざけで参加している私すらもちゃんと認めてくれる優しさに感服する。
いなせな先輩でよかった。



夜の部が始まるまで、再び楽屋で談笑しながら雑談をしていると、『うすくら屋』だけはまだネタ合わせをしていた。

皆も気づいているが、気にしない素ぶりで無視していた。数時間もネタ合わせをしているので楽屋にいる芸人たちは皆『うすくら屋』のネタを覚えてしまっている状況。

夜の部だけに出演するのに数時間以上も皆がいる楽屋で恥ずかしげもなく練習する『うすくら屋』に異常性を感じてしまった。


これは一旦話しかけないと!と思ってしまった私は『うすくら屋』に話しかけに行く。

「いや、どんだけ練習すんだよ!」

「いや〜、新ネタなんですよ。」との回答。

「新ネタって言っても、何回かは客前でやった事あんだろ?」

「いや、全くの新ネタです!」

????

なんで?
まぁ、何か思う事があっての挑戦なのだろうから否定は出来ない。それに大した度胸だ。感心する。

「今度の単独でやろうと思っているネタでして…」と聞いてもいない一言を付け加えてくる。

「そうか!それは面白そうだな!」とだけ伝えて、すぐに離脱。仲のいい芸人たちと談笑する事にした。


夜の部が始まる。


ほかの芸人のネタを観に行くため、舞台袖に行くと『青空球児・好児』の好児師匠に話しかけられる。

「見たよ!!とんねるずの番組!」

興奮した様子で言われたので、照れて「ありがとうございます!」と伝える。


「もっとやっちゃいなよ!」とジャニー喜多川さんのような口ぶりで話してくる。


「もうね!ビデオに録って何回も見ちゃった!!遠慮せずどんどんやっちゃいなよ!!」


たまたまそのやり取りを横で聞いていた『X-GUN』の西尾さんに言われる。

「決勝行かなくてほんま良かったな」


もし決勝に上がっていたら、その後に控えていたネタは『青空球児・好児』師匠だった。
作家さんとディレクターさんとの何回にも渡る打ち合わせで決めていた流れである。
しかも『おぼんこぼん』師匠のような楽屋ネタではなく、真っ芯で弄りにいく漫才の違和感をネタにしたものだった。
それを見た場合はどうだったのかと考えるだけで恐ろしい。


「遠慮なくどんどんやっちゃいなよ!多少誇張しても全然いいんだから!」とにこやかに言ってくれた。
切符の良い先輩でよかった。


夜の部も後半になり、『うすくら屋』の出番が近づいてくる。


あんだけ練習してスベったらこれは面白い!と感じて、私はツアーコンダクターのように沢山の芸人を引き連れ、客席で観戦した。


ネタは楽屋で聞いていたので覚えてしまっている。「双子だから言う事も合ってしまうと思われがちだけど、そんなに合わないんですよ」というのをユニゾンで合わせるフリ。それから好きなタイプなどを言い合うも、スケベな部分だけピッタリ合ってしまうという構成のネタ。ひたすら練習しないと成立しないネタである。


本番が始まる。
「双子だから…」のフリの部分に差し掛かる。
やはり初おろしのネタなのか、楽屋で多少声を落としてネタ合わせをしていたのが原因なのか、全く合わなかった。

ワオ!!
やばいやつじゃん!!


それからは心が折れたのか合わせる部分が全く合わず「スベる」というよりも「砕ける」という表現が正しいくらいの反応だった。
さらにどうもこうも上手くいかず「このネタは今度の単独ライブでリベンジしたいと思います!」とネタ中に告知をして終わるという驚天動地の事故っぷりだった。


楽屋に戻ると葬式テンションの『うすくら屋』がいた。

ヒソヒソと陰口を叩くよりちゃんと弄る事が優しさだと思い、私は大々的にいじってあげた。

私は皆に、「さぁ〜!そっから大変だ!!」とそれはもう講談師のようにどうスベり、どこで歯車が狂ったかを事細かに説明した。

皆も呼応して、いじり倒す。
というか、殆どの芸人が舞台袖で『うすくら屋』のネタを見に行っていたようで、6時間の練習の果てに大スベりをする面白さに取り憑かれ、興奮していた。

私はテンションが上がり、スベりたてホヤホヤの息を嗅いで「臭ぇー!!」と騒いでいた。





『うすくら屋』も悲壮感が無くなり、楽しそうだった。せっかく面白いスベり方をしたんだから報われるだろう。

そしてこれまでの『うすくら屋』と我々の溝も無くなり、今後は普通にいじりいじられ、仲良くやれそうな気になれた。


が、そんな大騒ぎの中、『X-GUN』の西尾さんが言ってきた。

「俺、今まで色んな芸人がお前らみたいにスベっている奴をいじって、その後に自分もスベっている所を見てきたで。」と軽く怒られてしまった。


なので、『うすくら屋』に「ごめんなさい。デリカシーがなさ過ぎました」と謝る。

大騒ぎの中、ちゃんと俯瞰して注意してくれる小意気な先輩が居て良かった。


そして朝に「28点!」と採点された『うすくら屋』もいつかは高得点になれるよう頑張ってほしい。

そんな素晴らしい先輩に囲まれた1日だった。





今日思った事:不真面目な奴、リハに毎回遅れて登場する。