数日前の東洋館、楽屋で『二世代ターボ』の栗本さんが言ってきた。

「今度俺の知り合いがイベントをやるんですよ。2組で1時間なんですけど、オキシジェンさん、どうですか??」

なるほど…闇営業か…。



営業とは芸人がイベント(物産展や町のお祭りなど)でネタなどをやって、客寄せパンダ的に盛り上げる仕事。

持ち時間もライブや寄席とは違って、15分から30分。なので、貰えるギャラも桁違い。

通常は所属事務所がギャラ交渉、段取りを行い、何割かを持っていく。例えば取り分が5:5だった場合、10万円の仕事でも5万円は事務所が持っていき、残りの5万円をコンビで割る。なので、1人当たりのギャラは2万5千円。10万円が2万5千円に化けるが、組織に所属している以上仕方がない現象。

ところが、闇営業は事務所を通さない。10万円をそのままコンビで割るので取り分も2倍の5万円。
ただでさえ、金を落とさない無名芸人が闇営業をするのは事務所に対しての背信行為のため、業界ではご法度の行為だ。





「いいですね〜…。ちなみにギャラの方は?」

栗本さんが手をパーにして広げ、私にギャラを伝える。

「なるほど…5万ですか」

「いや、5千円です」

「ほぉ…五千円。ん、え?1人当たり?」

「いや、コンビで」

ということは2500円!?
営業の労働量でライブギャラ!30分やって2500円!?


「あー、その日は東洋館が入ってるんで、ちょっと難しいですね〜」

「大丈夫です!場所が東洋館から電車で五分の場所なんで!」

「でも出番が14時50分なんで」

「大丈夫です!14時には終わるので!!」

やんわりと断っているのに、グイグイと誘ってくる!!まぁ、誘って貰えるだけ花だ。それにこのギャラだったら、闇営業ではない。事務所も何も言わないだろう。5千円以下の仕事は放任と聞いている。


「ま、まぁ、大丈夫ですよ。」

「ほんとですか!!ありがとうございます!!」

そんなこんなで栗本さんの掌が広げた力強いパーが、我々激安芸人を包みこみ、30分のイベントの仕事をする事になった。




イベント前日の夜。
次の日のスケジュールを確認して、持っていくものを整理する。
「明日はバイト→イベント→東洋館→バイトかぁ…」
我ながら悲しいスケジュールだと思った瞬間、ある事に気づく。

《あ!!衣装、東洋館に置きっ放しだ!》


毎日のように東洋館に出入りしているので、衣装は楽屋に置きっ放しだ。
なので、一回東洋館へ衣装を取りに行かなければならない。
バイト→東洋館に衣装を取りに行く→イベント→東洋館→バイトというスケジュール。
うわ〜、面倒臭い!!

もうこうなったら、衣装は取りに行かずに綺麗目なシャツとチノパンでも履いてネタをやればいいかと思う。
が、流石に無名の芸人が綺麗目な服とはいえ普段着でネタをやるのは説得力に欠けるし、何より安く見られてしまう。
ギャラは安くても自分達まで安くしてはいけない。それに私にとっての綺麗目な服は、世間一般では少し汚い服だ。

 

当日。
バイトを早退し、急いで東洋館へ行き衣装を取って、イベント会場へ行く。
すると、そこに手ぶらの相方が登場した。   


「あれ?お前、衣装は?」

「あ〜、東洋館に置きっ放しだったから、ジャケットだけ羽織ることにしたわ〜」

不思議なもので、「やっぱりそれでも良かったのか」と思ってしまった。
それにこいつはこういう奴だ。ギャラが10円だったら、きっとスポーツ新聞を羽織ってくるだろう。

「いや、実は俺もさ、衣装を東洋館に置きっ放しで朝イチで取りに行っちゃったよ」と笑う。

「あ。そうなんだ。ふ〜ん」


「ふ〜ん」じゃねえよ!!
なんだ、そのリアクション!!
何かしらの興味を持て!


「いや、普段着でもいいかなと思ったけど、俺の普段着はまずいだろ。だから朝イチで東洋館まで取りに行ったんだよね」と衣装を着替えながら言うと、相方は全く聞いてなかった。


き、聞いてない!?


『二世代ターボ』さんと談笑してやんの!!


おかげで独り言を言いながら着替えているおじさんになってしまった!!




かくしてイベントは激安芸人がヤケクソのテンションで盛り上げ、とりあえずの仕事は出来た。




「ありがとうございます!おかげで盛り上がりました」
主催の方にそう言われて、ギャラを受け取り、なんと限定品の牛タン弁当まで一個もらった。


ただ牛タン弁当はコンビで一個だ。
いや、一個!!
こんなの喧嘩になる。

「俺、朝から何も食べてないんだよ。頼む!このお弁当くれないか?」

「いや、俺だっておにぎりしか食べてねぇよ。」

食べてんじゃねぇか!!とツッコもうと思ったが、どうやらマジだったのでやめた。


「じゃ、じゃあジャンケンにしようか」


イベント場所を出て東洋館へ向かう道中、ジャンケンをする。


ただ自信があった。

かたやちゃんとした衣装を取りに行って仕事をした私と、かたや適当なジャケットだけ羽織って、イベントMCの時に省エネモードで仕事をしていた相方とでは、勝利の女神は私に微笑むに決まっている。
そうじゃなきゃ嘘だ。そうならなきゃ神なんていやしない!!


私はグーを出した。

相方はパーだった。


「やったぁ!!!はい!じゃあ、貰うわ〜」

神なんていない。


ただその後、銀座線で私は「ネタ作ってるのは俺だ」という核ミサイルを発動し、牛タン弁当の強奪に成功した。


で、東洋館の楽屋で牛タン弁当を温めて、いざ食べようとしたら、なんと箸がなかった。

え!なにこのバチは!?

仕方がないので、楽屋に捨ててあったゴミみたいな箸を使って食べた。
タンを食べながら、悔しさで唇も噛んでいた。

頭がパーになりそうな1日だった。






今日思った事:男で口膨らまして、写真に写るやつ気持ち悪過ぎる。