5月1日は東洋館。
13時の出番を終え、楽屋で芸人たちと雑談。
雑談を終え、『BOOMER』さんの出番を観ようと袖に行くと、『東 京ニ』師匠が舞台でネタをやっていた。
「東 京二」(あずま きょうじ)《kyouji azuma》
芸歴56年、82歳。
白髪に痩せ型だが、背筋はシャンとしてクリーム色のスーツ。腕には数珠、指には緑や金の指輪。紫色が入った射撃の選手がするようなメガネといういでたち。
見た目を例えるならば、テキ屋の大親分。もしくは古参の暴力団。
そんな『東 京ニ』師匠が熱演を終え、袖に戻ってくる。次の出番の『BOOMER』さんが、自然と出る準備をしている。
すると袖に戻って来た『東 京ニ』師匠が、舞台袖奥の椅子に腰掛ける『東 京丸・京平』の『京丸』師匠を見つける。
『東 京丸』(あずま きょうまる)《kyoumaru azuma》
芸歴46年、69歳。
目鼻立ちはしっかりとし、ガタイも大きい。比喩的な表現ではなく、ほんとに瞬き一つしないでジッと一点を見つめている事が多い。その姿はまるで蝋人形。
出番前に我々が「勉強させて頂きます」と、『京丸』師匠の楽屋に挨拶に行くと、和室の楽屋の隅で正座をして、瞬きを一切せず微動だにしない。しかも扉の方を向いて、ジッとこちらではないどこかを見つめて正座。
江戸民俗歴史博物館で見た「武家屋敷での武士の暮らし」を紹介する蝋人形みたいだなと思った。
袖に戻って来た『東 京ニ』師匠が、『東 京丸』師匠に話しかける。
「おー!久しぶりじゃないの!元気か??」
「………」
一点を見つめ、返事をしない『東 京丸』師匠。
「おい!元気か!」
『東 京ニ』師匠をジッと見つめながら、ボソッとつぶやく。
「...ゲ..ン..キダ...」
「ん?なに?おい!元気か?」
すると突如ボルテージを上げる『東 京丸』師匠。
「ゲンキダヨ!!」
さらに聞く『東 京ニ』師匠。
「元気かい??」
「ゲンキダヨー!!」
「元気なのかい??」
「ゲンキダヨー!!!!」
謎のコール&レスポンスは続く。
周りで見ていた私と手伝いの若手数人、出番を次に控える『BOOMER』さんは困惑した。
するとここで『東 京ニ』師匠が突然、語気を強める。
「おい!元気かどうか聞いてんだよ!!」
「ゲンキダヨーー!」
戦慄が走る。
辺りが緊張感に包まれる。
「おい!元気かって聞いたら『はい』でいいんだよ!コノヤロー!」
遂に怒りを露わにする『東 京ニ』師匠。
この上質なバイオレンスムービーの導入シーンに、皆心掴まれる。
後ろ髪ひかれる思いで、舞台へと出ていく『BOOMER』さん。
このささくれ立った空気の中、オウムのようにひたすら同じ言葉を繰り返す『東 京丸』師匠。
「ゲンキダヨーー!!!」
「てめぇ!何だ、コノヤロー!!いい加減にしろ!!元気かって言われたら「はい」でいいんだよ!!」
そう言って怒り心頭で『東 京ニ』師匠は去っていた。
会話だけで言ったら「元気か?」「元気だよ」という生存確認だが、雰囲気はアウトレイジなやり取りに興味を持った私は、すぐに『東 京丸』師匠に話しかけた。
「えっと…あの〜。え?今のは、えっと…、な、何だったんですか?」
「………」
隣にいた『金谷ヒデユキ』さんも同じように話しかける。
しばらくの沈黙の後、『東 京丸』師匠が口を開いた。
「ホントハ……グアイ……ワルイ…ンダヨ」
「なるほど〜」
ん?
何だそれは?
けれども、それしか教えてくれなかった。
なので、文脈を読み、話を要約するとこういうことだ。
具合悪い事を知った上でわざと「元気か?」と聞いてくる『東 京ニ』師匠に腹を立てたのだろう。
だから、頭に来て「ゲンキダヨ!」と喧嘩ごしに言ってしまったのだろう。
「グアイ ワルイヨ!ッテ…イッテヤロウカ…トオモッタヨ」
「ですかぁ〜」
と否定でも肯定でもない相槌をうつ。
「ソレニ……アイツモ…グアイ…ワルインダヨ」
それはどうでもいい。
どうでもいいし、おそらく『東 京ニ』師匠はわざと具合が悪いのを知った上で「元気か?」と聞いた訳ではないと思う。
単純に後輩から「元気ダヨ!!!」と喧嘩ごしで言われたのが腹立ったのだろう。
一瞬訪れたこのアウトレイジな空気。
いや東一門が引き起こしたアウトレイジなので「アズマレイジ」だ。
「全員悪人」ならぬ「全員病人」。
この空気に、袖にいた芸人たちは皆魅力された。
すると、『東 京ニ』師匠が弟子を連れて楽屋からまた袖に乗り込んで来た!
え!!嘘!
ビヨンドあるの!?
こんなに早く上映!?
みな固唾を飲んで見守った。
『東 京ニ』師匠は、座っている『東 京丸』師匠の顔、3センチくらいの距離まで近づき言い放った。
「具合悪いらしいじゃねぇか」
始まった!!!
ギリギリまで顔を近づける『東 京ニ』師匠の目を、瞬き一つせずに見つめ言い放つ『東 京丸』師匠。
「ワルクネェヨ!」
「具合悪いんだろ!?」
「ワルクネェヨ!!」
「具合悪いんだろ!悪いんだったら、悪いって言えばいいじゃねぇか!!」
スクッと立ち上がり、『東 京ニ』師匠の顔スレスレの距離まで近づき言い放つ
「病人扱イ スンジャネェ!!!!」
一瞬の沈黙の後、『東 京ニ』師匠が口を開く。
「よその弟子だから何も言わねぇけどよ。」
隣にいた弟子に「もういいよ。帰ろう」と言って弟子を連れて帰る『東 京ニ』師匠。
これはまるで「アウトレイジ ビヨンド」で、花菱会若頭補佐の塩見三省と大友組組長のビートたけしが一触即発の怒号の中、「もういいよ、木村帰ろう」と言い放つ、あのシーンのようだった。
不意に袖で観れた病人による「アウトレイジ」に、若手や周りに居た芸人たちはみな魅力され、うっとりとしていた。
そして一つ気づいた事がある。
あ。『BOOMER』さんのネタ、まったく観れなかった。
今日思った事
結婚式二次会あるある:Tシャツにチノパンで来る人は、大金持ちか社会不適合者のどっちか。