漫才協会に「堀江」という後輩芸人がいる。
彼は世の中の不幸を全て背負ったようなエピソードを会うたびに毎回提供してくれる。
生まれ出づる不幸な境遇とたまに伝え聞く不幸なエピソードが、彼の不幸さをさらに加速させる。
そんな負のスパイラルとも言うべき不幸の確変を聞いた時、もう私はただ笑ってあげる事しか出来ない。
無力な自分がしてあげられる事は、ただただ力一杯笑うのみ。
彼は「潰瘍性大腸炎」という難病に指定された病気に高校生の頃発症し、大腸を切除してしまった。
大腸がないと食物を消化できないので、常に下痢をしている状態。
さらにアレルギーもあり、数多くの食べ物が食べれない。
そんな悲惨な状況がゆえ、「好きな事をしてやる!」という思いで大好きだったお笑い芸人の道を志す。
ナイツさんを尊敬し、弟子入りを懇願するも「弟子は取っていないから、漫才協会においで」と言われ、漫才協会に入会。
が、相方がいないので、相方を見つけるため一旦吉本興業のお笑い養成所「NSC」に入学。
そこで相方を見つけたので、三ヶ月後にせっかく40万払って入学した「NSC」を辞める。
そして漫才協会へ戻るも、すぐに相方に逃げられる。
「これはまずいな」と思い、また相方を探す。
すると「NSC」の同期の伝手で、新しい相方を紹介してもらう。
いよいよ漫才協会の舞台に立ち、手伝いをしながら舞台に立つも、わずか三ヶ月で相方に逃げられる。
途方に暮れ、また漫才協会で手伝いの日々。
しかし、捨てる神あれば拾う神もいる。
また新しい相方を見つけ、新コンビ「シンシナティ」を結成。
が、わずか半年で相方から三行半をつきつけられ、解散。
そして、また手伝いの日々に戻る。
そんな堀江くんが、今日手伝いの当番でもないのに楽屋に居た。
「あれ?堀江。なんで今日いるの?当番じゃないだろ」
「いやぁ、最近事情があってバイトを休んでまして、暇な日が多いので勉強しに来ました」
「それはいい事だね」
「はい!」
「で、バイトを休んでる事情って何?」
「実は……」
堀江は寿司居酒屋でバイトしているのだが、毎朝連続で出勤するのが面倒なので、特別に堀江だけバイト先で寝泊まりしているのだそうだ。
で、最近堀江が寝泊まりしている日に限って、レジの金が抜かれているという事が発覚した。
「あ〜。で、お金抜いちゃってるんだ」
「いや!まさか!確かに僕はお金ないですけど、そんな事はしませんよ!!」
「そうか。金だけじゃなく大腸もないけどな」
「そうなんです。ヒヒヒヒ…」
と下卑た笑いを浮かべる。
「ごめん、ごめん。で?」
「当然僕が怪しまれるじゃないですか!で、店長と社員に問い詰められまして、『冗談じゃない!そんな事してませんよ!!じゃあ、わかりました!4月中休みますんで、それでもしお金が抜かれてたら僕のせいじゃないですよね!』って啖呵切っちゃったんで、今休んでるんですよ」
「あ〜、そうなんだ」
「で、2週間経ったんですが、未だお金が抜かれてないみたいなんですよ」
楽屋でその話を聞いていた芸人たちが一斉に笑う。
「お前ハメられてんじゃん!!!」
「そうなんすよ〜」
ある芸人が言う。
「いや、防犯カメラ見ればすぐに犯人わかるでしょ!?」
「それは言ったんですけど、早送り出来ないって言われて断られたんすよ」
同席していた芸人が一斉にツッコむ。
「そんな防犯カメラあるわけねぇだろ!!」
「ですよね〜」
切ない顔でうつむき、さらに続ける。
「なんで今お金がないんで、毎日カップラーメン1食だけの生活なんですよ」
もう一度言う。
彼は大腸がない難病である。
そんな不健康な食生活は体に悪過ぎる。
「こないだ空腹の時に、飲み会に誘われて行ったら、ウーロンハイのピッチャーがあったんすよ。で、それを一気に飲み干したら具合悪くなっちゃって…」
「当たり前だろ!!!ウーロンハイのピッチャーって夕飯じゃないからな」
晩ご飯にウーロンハイのピッチャーなんて、初めて聞いた。
大体お酒だって、病院からは「ほどほどに」と言われているにも関わらず、堀江はリーグ戦終了後のプロレスラーばりに飲む。
タバコも「三丁目の夕日」の茶川さんくらい吸う。
「お酒とかタバコも体に良くないんじゃないのか?」
そう尋ねると、堀江は「好きなものを辞めると逆にストレスなんで。ストレスが一番体に悪いんで」という生き急いでる文豪のような理屈を展開する。
「にしても腹減りました〜。」
といって、楽屋の冷蔵庫にある賞味期限が切れた惣菜パンを食べようとする。
「いやいや……そんな腹減ってるんだったら、昼メシおごってやるよ。」
『新宿カウボーイ』の石沢さんも同伴し、堀江にご飯を奢ることに。
「堀江!食べれないもの何だ?教えて」
「卵アレルギーなんで、卵は無理です」
「卵無理だったら、結構狭められるな!」
石沢さんが聞く。
「でも鶏の卵が無理なんだろ?」
「いや、魚卵もダメです。イクラやカズノコ、タケノコもダメです」
「タケノコは魚卵じゃねぇよ!」
「あぁ!でもタケノコも繊維が多いんで消化に悪いんで無理です」
他にも海藻類などの無理な食べ物のオンパレード。
「好きな食べ物は点滴っすね」
「なんだよそれ!点滴なんか奢りたくねぇよ」
結局つけ麺であれば大丈夫という事になり、一同つけ麺屋へ。
つけ麺が来ると堀江は
「あ。海苔無理なんで三好さん食べてください。あ。メンマ無理なんで石沢さん食べてください」と言って、トッピングを減らしに減らし麺だけを食べていた。
私と石沢さんは言った。
「ほんと不憫だなぁ…」
つけ麺を食べながら、堀江の不幸漫談を聞く。
先日も「30分6000円」というキャッチの甘い言葉に騙されて、キャバクラに行ったら一時間で11万円ぼったくられただの、好きな女性をLineで口説いていたらブロックされただの不幸の確変状態。
けれども女性と付き合いたいので、ありとあらゆる町コンや相席居酒屋で出会いを求めアプローチするも玉砕し、Lineをブロックされる。
町コンに行ってはフラれる現代版寅さん。
大腸のない寅さん。
「今年に入ってどれくらいの女性にブロックされたの?」
「いや、少ないっすよ。40人くらいっす」
「多いよ!!『少ないっすよ』なんかフリ入れるんじゃねぇ!」
で、さらには昨日出会い系で知り合った女性とデートをしたら、「アタシの知り合いのお店で飲もう」と言われ、一杯二千円の店に連れてかれ、またぼったくられたとの近況。
「最悪っすよ!4杯しか飲んでないのに8千円も取られたんすよ!!」
「お前はホントに…」
私と石沢さんは、堀江のこのツイてなさにただただ舌を巻くのみだった。
そんなつけ麺屋でも不幸の確変は続いていた。
「あ、堀江。ポットの水ないから取り替えてもらっていい?」
「はい!」
といって、空のポットを新しい水のポットに取り替えた所で、何もない平面の床でダイナミックに転んだり。
つけ麺のスープ割りを間違えてコップの中の水に入れるという凡ミスをしたりと細かい不幸の連続。
「お前すげぇなぁ。Mr.ビーン並みのドジじゃねぇか!」
「そうすよね〜。」
ふと堀江がつぶやく
「最近思うんすよ。不公平だなって。みんな幸せと不幸が交互に来ると思うんですけど、俺の場合不幸ばっか来てるような気がするんすよね」
冗談の中に、ふいに現れたリアル堀江に我々は戸惑う。
石沢さんが取り繕うように励ます。
「いや!不幸と幸福はさ、バランス良く来るものだから!そんな深刻にならない方がいいよ!ほら!高く飛ぶには一回しゃがまないといけないって言うだろ」
私も付け足す
「そうだよ!あと不幸の方が印象深くて覚えてるだけで、意外に幸せな事って気づかないものよ」
店を出て、堀江に聞いた。
「最近で幸せだった事って何?」
「ん〜〜。おとといパチンコで六千円買った事ですかね…」
いや!その次の日、8千円ボッタクられてるから二千円損してる!!!
そんな堀江に幸あれ!
今日思った事
駅などの公衆トイレに7分以上入る人、大体ホストみたいな出で立ちの人