写真が間に合っていませんが、完成披露会の日の日記をアップします!

 

 

 ついにこの日が来ました。ハイチに来て20日目ですが、ハイチに行くと決めてからは一年が経過していました。国境なき医師団とコラボレーションをして壁画制作をしたい、というのがそもそもの始まりでした。小口さんと出会い、ハイチMSFを紹介してもらい、大使館に申請を出し後援を経てプロジェクト実施が決定。しかし治安の不安から一度はプロジェクト実施は暗礁に乗り上げました。そこにジェフィーが現れ、MSFのマリーやマイケルが柔軟に対応してくれたことで受け入れ態勢を作ってくれました。

 初めてMSFの病院にMSFの車で入った瞬間は今でも忘れません。まるで映画のワンシーンのように、MSFの赤いマークが描かれた鉄の門がゆっくりと開き、中に入ると広い敷地に数棟の白い病棟が見えました。突き当たりにはペンキで書いたMSFの文字。銃を持った人間は何人たりとも入れないというポリシーも記されていました。

 

ずらりと並ぶランドクルーザー70

 

 世界の紛争地の最前線に真っ先に駆けつける医療集団のベースキャンプ。自分の人生で、彼らと生活を共にすることが出来るとは思いもよりませんでした。僕たちが生活した場所は手作りのログハウスが数棟立てられたキャンプ場のような場所、ここで僕たちの共同生活はスタートしました。

 最初は社交辞令的に接していたMSFのスタッフが次第に僕らの活動に共感してくれ、力を貸してくれるようになったことは本当に嬉しいことでした。日に日に彼らと親しくなり、週末は一緒にお酒を飲んでダンス大会。ここぞと言う時に繰り出す僕のえせサンバダンスは大ウケで、自然と彼らの輪の中にとけ込んでいました。時には一人一人とじっくり話し、人生観を聞くことも出来ました。日本にはあまりいないタイプの彼らの生き方は、純粋でまっすぐでした。

 

壁画の前でタティアナと

 

 完成披露会は朝の8時から行われ、最初は集まりが悪かったのですが次第に大勢のスタッフや患者さんや保護者が来てくれました。僕のスピーチの出来はもうひとつという感じでしたが、ジェフィーが一生懸命通訳をして伝えてくれました。写真撮影のあとリデカの演奏があり、みな楽しんでくれたようでした。ふとした時にタティアナが僕のところに来て、

 

 

「あなたたちが行ったことは本当に素晴らしいこと。MSFの活動の中でも特筆すべき活動だったわ。私はあなたたちに会えて、この活動に参加できたことを心から誇りに思うわ」

 

 

と言ってくれました。マリーも、

 

 

「この素晴らしい活動をぜひ世界中のMSF関係者に発信しようと思う。きっとMSFの現場にポジティブな変化を与えるきっかけになるわ」

 

 

と言ってくれました。

会が終わったあと何となく壁画を遠くから眺めていると、壁画に参加したであろうスタッフが同僚に自分がどこを描いたか説明しているようでした。その姿はどこか誇らしげで、「俺たちの壁画だ」と言っているようでした。

 

全てが終わって黄昏れる二人

 

 ケニアから数えて5カ国目の今回のプロジェクト。難しいこともたくさんありましたが、最後にはやはり笑顔がありました。みんなで作り上げることの大切さ、楽しさ、意義、それらが詰まったプロジェクトでした。今日はゆっくりと荷造りをして、夜はMSFのメンバーと外食をすることになりそうです。最後のハイチの夜、名残惜しいですが、帰って日本のみんなに伝えたことがたくさんあります。今年の夏はとんでもなく暑かったですが、それ以上に僕たちの気持ちも熱く燃え続けた20日間でした。

 

完成直後の写真