近藤理論の手法の問題⑦-III近藤理論を「がくもんもどき」とする理由(一部訂正) | がん治療の虚実

近藤理論の手法の問題⑦-III近藤理論を「がくもんもどき」とする理由(一部訂正)


近藤誠氏の「抗がん剤は効かない」という主張は一種の便乗理論と言って良い。

その前提はまず
・昔からある「がんイコール死」、「抗がん剤の副作用で苦しむイメージ」が一般人の印象として強く刷り込まれていること。

・その上で知り合いのがん患者が抗がん剤でひどい目に遭ったという悪い噂は聞きつけやすい。

・日本人の三大死因のうち脳血管障害、心疾患はかなり予防法(高血圧や高脂血症などの段階で対策すること)が確立してきており、発症早期の対応次第ではかなり予後が改善していることや、栄養不良による感染症死がかなり減った。平均寿命は60年間で30歳以上も伸び、なかなか死ななくなった結果、老化病としてのがん罹患率とがん死が増えた。

・抗がん剤治療で生存期間中央値が倍以上になったがん種は多いが、がんにかかる前には平均寿命まで生きるつもりだった患者さんの期待には応えられていない。

・抗がん剤治療の副作用を最小限に効果を最大限に得るためには個々の患者さんの違いに合わせた現場の相当なテクニックが必要。しかし現場の治療環境では、治療の意味や副作用対策へ患者自身の積極的参加、医師との効果的コミュニケーションの患者教育が不十分。

という背景を元に

①エビデンスがあると称する自分の主張に合致した医学データだけを提示し

②自分の経験した抗がん剤で苦しんだ患者さんの例だけ(特に治療がうまくいかなかった有名人のケース)を提示して、いかに今の抗がん剤治療はまちがっているかという印象を読者に与える

という理論だ。


②の抗がん剤が無効だったという個別の症例をたくさん並べても意味がないのは説明するまでもないだろう。
反論するには世の中にたくさんいる抗がん剤が有益だった患者さんを提示すればいいだけだが、水掛け論となる。
またがん治療医は抗がん剤で治療成功した例をたくさん経験しているが、一般人向けに紹介する手段(市販本など)も意志を持っていないのが大きな問題だ。
通常の医師は抗がん剤の有益性を学会内だけで報告しているのみで、外部の一般向けの情報発信はしていない。

抗がん剤治療効果を示す発表が目白押しの(そして幾ばくかの期待外れの治療法の発表ももちろんある)学会になじんでいる医師にとっては
近藤理論に対する受け止め方が、専門医と一般人で全く異なるのは当たり前の話といえる。


患者さん個人個人は抗がん剤治療がうまくいく人もいればいかない人もいる。
その個人差があったとしても全体として抗がん剤そのものの有益性を判断するためには統計学を基礎にした臨床試験が必要で、それがエビデンスとなる。

ところが①のエビデンスがあるという医学論文についても、近藤理論の特徴は自分の抗がん剤否定論に都合の良いデータだけ引用し、その論文内の著者の解釈ではなく、我田引水的な自己解釈で解説している。
これでは学会で通用しないのは当然のこと。

はっきり言って近藤理論は「がくもんもどき」としか言いようがない。

学会では全く受け入れられていないのに、マーケティング(この場合販促活動を指す)をうまくやれば、間違った主張でもある程度受け入れられてしまうから困ったものだ。

しかしどこが間違っているかを一般人でも理解できるようはっきりさせることは大変重要なので、今から解説する。

手術の無効な転移再発がんに対しての治療が意味があるかどうかの原点は、抗がん剤を使わない緩和療法(BSC: best supportive care)を選んだ患者群と抗がん剤治療を選んだ患者群を比較してみることで推測できる。

例えば今開発が続けられている胃がんの化学療法を例に挙げる。

手術不能・再発胃がん患者に対して抗がん剤を使っても使わなくても、早期に亡くなる人もいれば長期に生存している人もいる。単に個別の症例を挙げても何も結論は出ない。

そこでまずは抗がん剤を使った人と使わなかった人を集計してみて生存期間を比較すると言う方法がある。
ただし、これは今ある患者データを後になって集計するので「後ろ向き研究」と言い、研究者が都合の悪いデータを除外するなどの選択バイアス(偏り)が入りやすい。
そのためその後ろ向きデータを参考にして次のような試験デザインを計画する。
最初にがん患者を登録し、無作為に偏りが無いようにBSC群と抗がん剤群に振り分ける。

その後はどんなことがあろうとも登録患者は絶対除外できないようにしておき(例えば交通事故死しても抗がん剤の副作用である末梢神経障害で車のブレーキを踏み損なったことが原因かもしれないとか)、全例最終判定まで追跡調査する。

これを「前向き研究」と言い、前回から解説しているエビデンスレベルIIのRCT(randomised control trial: 無作為比較試験)のことを指す。

これが抗がん剤治療が有効であると証明するための最低限のレベルだ。

しかし現在の胃がん新薬の有効性を示す臨床試験では少なくとも初回治療ではBSC群との比較試験はおこなわれていない。
その理由は下図のような複数の歴史的研究が存在し、抗がん剤治療のメリットが大きいと言うことが明白だからだ。

$がん治療の虚実-MKRCT1


つまり胃がんは欧米では数は少ないものの30年前からRCTが繰り返しおこなわれ、抗がん剤を使った方が有効で、生存期間が長いという結果が繰り返し出ている。
その中でも下図の RCTは有名なもので、抗がん剤を使った胃がん患者群では生存期間中央値が大幅に延長しただけでなく、抗がん剤の副作用を含めてもQOLが有意に改善されたという画期的報告だ。

$がん治療の虚実-MKRCT2


抗がん剤の副作用はきついはずなのにどうしてQOLが逆に良かったのか不思議に思う人がいるだろう。
がんというのはその大きさで圧迫症状(腸閉塞、胆管狭窄による黄疸、神経圧迫による疼痛など)を引き起こす。抗がん剤で少しでも腫瘍が縮小すれば、その圧迫症状は改善する。
そのメリットの方が抗がん剤の副作用より大きければ、このブログで繰り返し主張しているように「間接的な痛み止め」として意味が出てくる。
そして死につながる腫瘍の増大を一時的にでも阻止できれば延命という「判定勝ち」が得られる。
その時間が単に入院しているあるいは痛みを我慢する時間ではなく、快適な今の生活を守る時間であれば、とても貴重で意味あるものとなる。

この「間接的鎮痛剤」という視点がでてくると、治るか治らないかあるいは延命できるか出来ないかという古い思考パターンにとどまっている近藤誠氏の主張の限界が垣間見えてくるが、これについては後日詳述する。

このように胃がんに対しての抗がん剤治療のメリットは確固たるものになったため、今や新薬の臨床試験では抗がん剤を使わない患者群との比較試験は非倫理的と言う所まで結論が出てしまっているのだ。

例えば日本において胃がん標準治療成績は時系列順に

BSC
<5FU=(5FU+シスプラチン): JCOG9207試験
=TS-1: JCOG9912試験
<TS-1+シスプラチン: SPIRITS試験
<(ゼローダ+シスプラチン+ハーセプチン: ただしHER2遺伝子増幅例のみ): ToGA試験
というように一つ前の標準治療との比較試験で順番に新治療法の優位性を証明してきた。

(注:当初TS-1=TS-1+シスプラチンとしていたがTS-1<TS-1+シスプラチンと訂正した)

一つの指標である生存期間中央値で比較すると

BSC: 4ヶ月→ゼローダ+シスプラチン+ハーセプチン: 16ヶ月

と一目瞭然だ。

さて著書「抗がん剤は効かない」で近藤誠氏は上記の論文を引き合いに出して、抗がん剤の否定的見解を述べている。
どう主張して否定したつもりなのかは、長くなったので次回のお楽しみとする。
はっきり言ってびっくり仰天の論理と予告しておこう。