宮崎タケシのブログ

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加計疑惑追及のエース「三ツ星議員」受彰 前衆議院議員 宮崎タケシのブログです


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備忘録を兼ねてまちづくり本の感想を書きます。

『都市は人類最高の発明である』(エドワード・グレイザー著、山形浩生訳、NTT出版)

 

訳者はリフレ派界隈で「クルーグマンの翻訳者」としてあまりに有名な山形浩生さん。484ページという分厚い本なので、まずは山形さんの秀逸な訳者あとがきを読んで大要をつかむと良いでしょう。

 

著者のグレイザーは「都市経済学の期待の星」(訳者あとがきより)で、ハーバード大学経済学部の教授だそうです。そして、著者の都市礼賛の思いがあふれ出しているのがこの本です。都市にスラムがあったとしても背後にある田舎に比べればよほど豊かだ。都市は災害に見舞われることもあるが、それでも田舎に比べればよほど安全だ。都市に自然が少ないとしても、そこに住むことこそがエコな生き方であり、田舎に住む方がよっぽど自然破壊になる。そんなことが書かれています。

 

まちの発展に関しては、以前書評を書いたエンリコ・モレッティやジェイン・ジェイコブズと同様に、都市経済学の潮流である「都市は高度な人材の集積によって生み出されるイノベーションによって発展する」というスタンスです。人材の間に化学反応を引き起こす「多様性」を重視するのも同じです。衰退している都市に過大投資して大規模開発を行っても、巻き返しなんかできないよって考え方も同じです。

 

ただし、そこから先、都市の発展に関する考え方は、ジェイン・ジェイコブズとはかなり異なります。

 

かつてコルビュジエは、高層ビルと広い緑地と幅広い道路を有する整然とゾーニングされた街を理想として描き出しました。それに対し、ジェイコブズは曲がり角の多い路地があり新旧の建物が混在する多様性に、都市の可能性を見いだしました。都市には高密度が必要だとしながらも、大規模な開発や古い建物の取り壊しには必ずしも賛成ではありませんでした。

 

では、グレイザーはというと、超高層ビルが大好きです。古い建物を守りすぎるのは都市の発展を阻害する、と考えています。コルビジェは整然としたゾーニングを愛し、ジェイコブズは複数の機能を持たせた混在型のゾーニングを主張しましたが、グレイザーはそもそもゾーニングなんてなくてもいいんじゃないか、最小限でいいんじゃないか、という考えです。一方で、都市のスプロール(無秩序な拡大)には警鐘を鳴らしており、住宅ローン控除はスプロールを招く愚策だと批判し、渋滞課金の導入を称賛します。

 

ジェイコブズとグレイザー、どちらが正しいのかは分かりませんが、グレイザーの主張は日本人から見ると少々極端な気もしますね。

 

さて、本書を読んで気づいた点を二つ。一つは「通勤で公共交通機関より自動車通勤が有利なのは、自動車の方が通勤時間が短いから」という指摘です。公共交通機関では駅までの所要時間や乗り換えのロスがあるため、ドアtoドアで行ける自動車通勤の方が短時間で済むことが、スプロールの大きな原因だというわけです。

 

考えてみれば当たり前なのですが、なかなか正面から論じられることが少ない視点です。そして、その問題解決のためのグレイザーの指摘は明快です。『新しいコンパクトな構想開発は、二十四分の自動車通勤より早い唯一の通勤を提供できる――十五分の徒歩通勤だ』。つまり、グレイザーの主張は徒歩圏内の職住近接です。ラディカルですね。

 

二点目です。超高層ビルが大好きなグレイザーは超高密な都市を指向し、『ジェイコブズは中くらいの密度を信奉していた。(中略)ジェイコブズが古い建物好きだったのは、混乱した経済学的な発想のせいだ」と彼女を批判します。では、ジェイコブズが求める中くらいの密度がどれくらいかというと、『一ヘクタールあたりおよそ二〇〇世帯から四〇〇世帯』であり、『それだけの住宅がないと、おもしろいレストランや店を支えられるほどの街路交通が生じない』というのです。

 

グレイザーはこの密度について、一戸当たり一二〇平米の六階建てのアパートが並んでいる状態だと解説しますが、これって日本の地方都市に住む私たちにとっては相当な高密度ですよね。私が住んでいるのは県庁所在地である前橋市の、中心街からも駅からも徒歩10分くらいの低層住宅街ですが、おそらく一ヘクタール当たり16~17世帯しか住んでいません。お寺や学校、病院などの敷地を除き、一番密度の高いであろう区画だけを計算しても、一軒家で40世帯前後です。

 

道路部分やら建ぺい率やらを勘案すると、八~九階建てのマンションがぎっしり並ぶような状況でなければ、一ヘクタールで400世帯は住めないと思います。そう考えると、ほとんどの地方都市では(おそらく人口50万人以下であればほとんどが)中心部の密度が低すぎることになり、その商店街や繁華街では「おもしろい店」「おもしろいレストラン」は維持できないことになります。

 

人口ではない、密度だ―というグレイザーやジェイコブズの主張は、日本の地方都市に住む私たちに大きな示唆を与えてくれています。

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