宮崎タケシのブログ

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加計疑惑追及のエース「三ツ星議員」受彰 前衆議院議員 宮崎タケシのブログです

安倍首相が、緊急事態宣言を延長する意向を表明しました。しかし、どのような現状なのか、どのような条件を満たせば解除できるのか、は明らかにされていません。 「大変きびしい」とか「いま緩んでしまっては、これまでの努力が無駄になる」という情緒的なフレーズしか出てきません。

 

異様な状況です。PCR検査を絞りすぎた結果、いまや「感染がどの程度拡大しているか&拡大中なのか収束方向なのか」すらだれ一人わかりません。厚労相も都知事も専門家会議も、だれも全体像をつかんでいないのです。だから、どのような条件を満たせば緊急事態宣言を解除できるか、という方向性すら示せていません。

 

新型コロナウイルスの制圧を定義するならば、「実効再生算数を1未満にすること」と言えるでしょう。この状況になれば、感染者は徐々に減っていくし、新たに医療崩壊が起こるリスクもほぼなくなります。

 

ワクチンも特効薬もないので、実効再生算数を下げる方法は、接触の量を①網羅的に減らす(ロックダウン、外出時祝祷)②個別的に減らす(隔離)―のどちらか、ということになります。社会的な損害は①の方がよっぽど大きいです。なので、実務的には①を併用して拡大を抑えながら、その期間に②のみで対応できるように検査・隔離体制を強化していく、ということになります。

 

ロックダウンや休業など①のみで対応しようとすると、中止した途端に感染者が増大に転じてしまいます。まして、第三波、第四波の到来も予見されているわけで、休業と外出自粛の繰り返しが際限なく続くことになってしまいます。

 

つまり、緊急事態宣言を解除する条件とは、②だけで実効再生算数を1未満に下げられる規模まで「検査して隔離」の体制が整備されること、にほかなりません(もちろん、ワクチンや特効薬が開発された場合は別ですが)。

 

いまの緊急事態宣言を解除すべきか否かの議論が空虚に聞こえるのは、「感染者が減った」「まだ危ない」という、曖昧模糊とした話に終始しているからでしょう。実効再生算数を1以下にできるのか、そのための検査や隔離の体制は十分なのか、という詰めた議論が聞こえてきません。

 

3月上旬に「検査を増やすと医療崩壊」「むしろ検査は増やさない方がいい」なる、いまから思えばカルト的な妄言が流布してから、日本の新型コロナ対策に関する議論は、おかしな方向に向かってしまったように思います。

 

当時は、実際に検査や隔離の体制が足りませんでした。できない理由はあり、できるよう全力を尽くせば良かっただけです。しかし、政権擁護で儲けている評論家や政権に忖度した専門家が、弁護のため珍妙な理屈を考案し、一部の首長や議員、官僚までがこれを信じたことが、事態を混迷させました。

 

私が注目している昭和の軍人、統制派トップで陸軍省軍務局長時代に暗殺された永田鉄山中将は、こんな言葉を残しました。「過度に日本人の国民性を自負する過誤に陥って居る者の多いことが危険なり。(中略)欠陥を糊塗するため粉飾する為に、まけ惜しみの抽象的文句を列べて気勢をつけるは、 止むを得ぬ事ながら、之を実際の事と思い誤るが如きは大いに注意を要す」

 

初動の遅れを「糊塗するため粉飾する為に」並べ立てた「まけ惜しみの抽象的文句」が、いまだに暗い影を落としています。もう、思い切りましょう。検査と隔離を徹底するための、十分な検査・隔離体制を整備することこそ、感染拡大を抑え緊急事態宣言を解除する、いまのところ唯一の方法です。

 

緊急事態宣言の期間を一ヶ月延ばすなら、その間にどこまでの体制を確立するか、目標を明確に示さなければなりません。