後追い松山旅行記 内子/大洲編
後追い松山旅行記です。松山を飛び出した前回の今治編に続いて、今回は内子/大洲編をお送りします。
2都市同時更新なので、ちょっとばかり写真数も多くなってしまいますが、まとめてどうぞ!
内子といえば、明治年代がそのまんま残った町並みが魅力ですね。タイムスリップしたかのような感覚に陥ります。
実際に訪れてみるとわかりますが、山々に囲まれた小さな集落であり、それだけに世の移り変わりの周波が伝わりにくく、
“敢えて残した”というよりかは、“時代に取り残された”といった感じでしょうが、それが貴重な観光資源となり、
現在では県内屈指集客数を誇る観光名所となるわけだから、世の中わからないもんだよなぁと本当に思いますよね。
ただ、良い観光エリアというのは絶景だとか名所だとかグルメだとか、そういった売り言葉が先行するところではなく、
ここ内子のように、地元の方々の生活臭が漂う日常感に溢れているところだと何よりも僕は思っているので、
土産物屋が目立って五月蝿いとはいえ、地元のお婆ちゃんたちがあちらこちらに休憩している姿がみえる内子は、
個人的には◎な観光スポットだと感じました。ま、どちらかといえば三津のほうが好きですけどね~飾らない雰囲気が。
とはいえ、保存地区中心の全長600mに及ぶ、江戸~明治の重厚な建造物がずらりと並ぶ通りは見応えがあり、
ぶらぶらと歩いていると、本当にタイプスリップしたかのような錯覚を覚えます。こういった“街並み保存地区”は、
内子だけでなく全国に数多くありますが、全長600mという規模はなかなか他では見られないのではなと思います。
“木蝋”の専売で賑わったとはいえ、こんな山奥にこれほど大規模な屋敷群があるなんて、まさか思わないもんなぁ。
いまも圧倒的な存在感が残っているくらいだから、最盛期の賑わいを想像すると、とんでもない町ではないかと、
坂道となっている通りをブラブラと歩きながら様々な想いを巡らせました。それくらい内子の保存地区は規模が大きく、
周囲と隔絶されているために、他の保存地区と比較すると“現世感”が薄く、往時の味わいを堪能できるわけです。
それだけに、乱立している土産物屋が邪魔で仕方ありません。地元の人たちの稼ぎたい気持ちも分かるけれども、
正直なところ、せっかくの雰囲気を損なうだけです。どの店も似たり寄ったりなんだから1箇所にまとめたらいいのに。
●緩やかな坂にそって、昔から変わらない町並みが続きます。やたらと土産物屋ばかりだけど・・・
●坂の中腹から振り返るとこんな感じです。直線にして300~400Mくらい続きます
●観光客ばかりでなく地元の中学生たちも歩いていて、何だかほっこりしますね~
●近所のお婆ちゃんたちも軒下に集まって井戸端会議です。良い光景だなぁ~
●美しい庭園のあるお屋敷も見学できます。緑が鮮やかですね~
内子の見所は色々とあるのですが、その辺りは観光雑誌に任せておきまして、個人的にお勧めなのが“うだつ”です。
いまでは日常会話で使うことも滅多にないですが、“うだつが上がらない”という慣用句を聞いたことはありますよね?
その“うだつ”ですが、ここ内子の保存地区では至るところで見ることができます。それどころか、触ることもできます。
いったい“うだつ”とは何なのか、それは保存地区に並ぶ往時の重厚な建築物に見られる防火壁のことを刺します。
写真だと分かりにくいのですが、簡単に説明すると軒先の横壁ですね。1階と2階の間に伸びる屋根を支える横壁です。
住居の基本構造には必要のない防火壁を、余計なお金を注ぎ込んで建てる(上げる)ことができるのかどうか、
つまり、この“うだつ”があるような住居を建てることができない、地位も低く経済的にも思わしくない状況にあることを、
“うだつが上がらない”というわけですね。僕も内子を案内してくれた物知りのお爺さんに教えてもらって初めて知りました。
改めて言葉の意味を知り、その由来となったものまで目の前で見ることができるなんて、とても得した気分になりますね。
ブラブラと歩いているだけでも楽しめる街並みですが、こんな豆知識があると、また違った見方もできて面白いですよ!
●写真だとわかりにくいですか、軒を支えるような横壁が“うだつ”です
そして、内子を語るうえで欠かせないものといえば、町並みでも何でもなく「片岡食堂」の“中華そば”であります。
現在では多くの観光客が訪れる名所となっている内子ではありますが、山奥の辺鄙な場所に存在する関係上、
訪れる人の多くが四国巡りバスツアーやドライブの途中にちょっと立ち寄って、古き町並みを楽しみ、次の地へ急ぐという、
旅行計画的には“メイン”というよりも道中の“オプション”として位置づけられてしまっているところが多々あります。
それだけに、長時間滞在する観光客もすくないせいか、訪れる観光客数(なんと年間50万人以上!)のわりには、
食事処の数はとても少ないです。ま、前述しましたが、観光客相手の商売はほとんどが土産物屋となっています。
観光客が食事をしないから食事処が増えないのか、食事処が増えないから観光客が長時間滞在しないのか、
まさに“ニワトリと卵”のような状況に陥っていると今回訪れてみて感じました。もうちょっと工夫の余地がありますね。
そこで登場するのが、この「片岡食堂」であります。観光客目当てに乱立している土産物屋や休憩所などと違って、
内子が現在のような賑わいとなるずっと以前から営業を続けてきた、創業50年の歴とした“食堂”であります。
観光の中心となる町並み保存地区と内子座の間にある住宅街の中にあるので、観光客はほとんど通らないばかりか、
下の写真からもわかるとおり、外観も普通の住宅と同じなので、土地勘がなければ辿りつくのは難しいかもしれません。
ま、地元の常連さんばかりで成り立っているお店なので、外部からの観光客が辿りつきにくかろうと関係ないですからね。
それでも、この食堂には足を運ぶ価値があると断言できます。正直、町並み保存地区よりも、内子らしさを味わえます。
中華そばと三種類(玉子/きつね/鍋焼き)のうどん、いなり寿司のみという、シンプルなメニュー構成にも関わらず、
次々と訪れる常連客と女将さんが伊予弁で交わす何気ない日常会話を聞くと、連日通っている方も多いようで、
地元に愛される地域密着型の正しき食堂であることを感じました。昔ながらの飾らない僕の大好きな町食堂であります。
僕はもちろん、中華そば”を注文しました。何てったって、外壁に打ち込まれてますからね“中華そば”の文字が!
下の写真を見てもらえば一目瞭然ですが、これはやっぱり“中華そば”であり、“ラーメン”ではありませんね。
中華そばとラーメンの違いはなんぞや?と聞かれましても、明確な定義がないだけに個々の基準に寄ると思いますが、
この澄み渡る美しいスープを前にして、これこそが“中華そば”だなと、誰もが納得するところではないでしょうか。
僕も片岡食堂の中華そばに出会うまでは、ただただ漠然と“脂っこい”or“あっさり”くらいの認識しかありませんでしたが、
一瞬にして悟りましたね、これが正しき中華そばであると!片岡食堂の中華そばは、まさにファイナル・アンサーです。
肝心の味ですが、瀬戸内特産のイリコをふんだんに使っているせいか、見た目とは裏腹に濃厚な旨みが広がります。
それでいて一切のしつこさがなく、一度食べ始めると蓮華と箸を止めるのは至難の業、最後の一滴まで即完食です。
食べてみて分かりましたが、この中華そばなら毎日食べても飽きませんね。そりゃ、常連さんで賑わうわけですよ。
たった一度しか食べていない僕だって、いまでも「片岡食堂の中華そばを食べたいなぁ」って思うくらいですから。
それだけに、内子を訪れるならば絶対に片岡食堂で食事をして頂きたい。っていうか、街並みよりこちらがメインです!
●片岡食堂外観。普通の民家風です。近所の常連さんに愛される昔ながらの食堂です!
●絶品の中華そば。これほど“中華そば”という言葉が似合う一杯はない!2杯くらい食べられるな

例えば松山から日帰り散策で内子を訪れるならば、抱き合わせ的にお勧めの観光エリアに大洲があります。
大洲藩の城下町として内子同様にレトロな街並みが現在も残り、その風情は“伊予の小京都”と謳われています。
内子との距離は、電車ならば予讃線で15分、車でも高速を使えば同じくらいですかね。ちょうど良い距離感です。
内子も大洲も小規模の町なので、丸一日を掛けて日帰り散策をするならば、2つ合わせるくらいでちょうどよい感じです。
朝8:00台の特急で松山を出発して大洲を一巡り、予讃線で内子に移動して片岡食堂にて中華蕎麦で昼食、
内子を観光して松山に戻るというパターンが良いと思います。どちらかというと、内子により時間を割く感じでしょうか。
大洲観光の目玉といえば、やはり大洲城がまずは挙がりますかね。現在の天守はもちろん復元ではありますが、
5万人弱の大洲市民から5億円もの寄付金を集めて平成に入り建設されたという、市民の熱い気持ちのこもった、
まさに“大洲の顔”といえるお城であります。元々は江戸初期に藤堂高虎によって近代城郭として大規模修復され、
老朽した天守が取り壊された明治以降も、城郭だけは住民運動によって保存されてきわたけだから立派です。
代々にわたる住民の想いが集積しての念願の天守復元というわけですから、5億円という額も頷けますよ。
それにしても、今治編でも書いたように愛媛県民の藤堂高虎に対する崇拝に近いポジティブな想いというのは、
この大洲城に関する地元住民の熱いエピソードからも伺えますね。今治城、宇和島城、そして大洲城と、
愛媛県内だけで藤堂高虎が携わったお城が3つもあるわけですから、そりゃあ尊敬されるのもわかりますよ。
今治編でも書きましたが、藤堂高虎のイメージは愛媛県内ではとても良いので、そこは押さえておきましょう。
で、実際の大洲城ですが、やはり復元城だけあって間近で見ると趣に欠けるところは仕方がありませんね。
なんと言っても、愛媛観光の拠点を松山に定めてしまうと、最初に訪れるのが松山城となってしまうだけに、
どうしても他のお城が見劣りしてしまうのは否めないところであります。それくらい素晴らしいのです松山城は。
とはいえ、復元城は復元城なりの楽しみ方があり、ここ大洲城の場合は実際に訪れて城内を拝観するよりも、
お城の東側を流れる肱川の河川敷から、大洲城全体を眺めるのが最も良いのではないかと思います。
なんといっても、大洲城の最大の魅力は奇跡的に残っていた資料に基づいて忠実に復元された点にあり、
江戸当時を再現した全貌をしっかりと見るためには、やや離れた場所からじゃないと眺めることができないわけで、
その絶好のポイントが肱川の河川敷なわけですね。ここの場所から眺めると大洲城の全容がよく分かりますよ。
大洲をブラブラと歩いてみると、さすがは“伊予の小京都”というだけだって、大都市・松山ではみられないような、
昔ながらの風情ある建物やお屋敷、昭和そのものといえる商店街や路地などが、そこかしこに点在します。
とはいえ、正直な感想を言わせてもらうと“小京都”ってのは大袈裟すぎるかなと。もっと昭和を押しても良いですね。
どちらかというと、僕は“小京都”よりも“昭和”に魅力を感じるタイプなので、大洲は歩いていてとても楽しかったです。
愛媛県内の他の観光スポット(松山/今治/内子)などと比較すると、どうしても知名度の劣る大洲だけに、
街中に観光客がほとんど見当たらないところが、この“昭和感”の魅力を最大限に引き出していると思います。
逆にいえば、内子は確かに街並みは素晴らしいものがありますが、とにかく団体の観光客が多すぎるうえに、
上述したとおりに土産物屋が五月蝿いほど多く、いかにも“観光地”といった匂いがキツイともいえますね。
大洲の場合は、観光客は大洲城に観光バスで乗り着ける初老団体ツアー客がほとんどの割合を占めるだけに、
こうして静かな町内を歩いていると、「あぁ、日本の田舎町って素敵だなぁ」といった感慨に浸れること請け合いです。
この大洲城下町エリアは、すぐ下の写真“おはなはん通り”と呼ばれる江戸~明治の街並みが残るところや、
その下の写真、明治34年に建造された赤レンガ造りがとても美しい大洲商業銀行辺りが中心となります。
もちろん、僕と同じように“昭和感”により惹かれるというかたは、さらに周辺をガツガツと散策してもらえば、
昭和30~40年代は非常に活気があったのだろうとすぐにわかるような商店街や店子エリアも点在しますので、
まさに“時間が止まった”ような町並みをブラブラと歩くのも良いと思います。とにかく、静かで良かったなぁ。
上述した内子も、観光のメインとなる古い建物が並ぶ通りよりも、片岡食堂があるエリアのほうが情緒があって、
個人的には全然好きなんですけどね。やっぱり、パッケージされているものはいくら古くても面白くないですから。
そう考えると、確かに町おこしも大事だろうけど、以前に松山旅行記で紹介した“三津”くらいがちょうどいいかなぁ。
あんまりにも迎える側の“やる気”が見えすぎてしまうと、どうしても白けてしまうのが避けられないというか、
こう言ってしまうのもアレですが、“胡散臭さ”まで感じてしまいますからね。普段着でいいんですよ普段着で。
その点、下の写真にあるように大洲周辺の寂れた商店街あたりなんて、最高に旅情を搔きたてられると思います。
個人的な好みはあると思いますが、町並みだけでいえば僕自身は内子よりも大洲のほうが好きですね。
●大洲城下の武家屋敷が残る通り。内子に比べると格段に観光客が少なかったです
●レンガ造りが美しい旧大洲商業銀行。現在は観光案内施設となっています
●周辺を少しあるくと、昔懐かしい町並みが広がっています。いい雰囲気ですね~
●まだ朝早くだったので、シャッターも空いてなければ買物客もいませんが、それがいいのです

●周囲の民家も古いものが多かったです。生活感が滲み出ていて良いですね~

というわけで、内子/大洲編はこの辺りで終わります。次回は松山周辺のお遍路/その他編をお送りします。
今回の松山旅行(計:6泊)の期間内で、丸1日を費やして遠出をしたのは前回の今治と今回の内子/大洲だけで、
どちらかというとここ2回が番外編という位置づけとなり、次回でようやく松山本編に戻るといったところです。
前回の更新から1年以上も空いてしまいましたが、今年のうちに何とか松山旅行記を完了を目指したいと思います。
その翌年の長崎旅行記も待ち構えていますね。おそらく、終了まで残り2~3回といったところでしょうか。
それではまた。













