命（7）死生命有り、富貴天に在り

司馬牛、憂えて曰わく、人は皆兄弟有り、我独り亡し。

　　　　子夏曰わく、商之を聞く、死生命有り、富貴天に在り。

　　　君子は敬（つつし）みて失うこと無く、人と與（まじわ）るに恭（うやうや）しくして禮有らば、

　　　四海の内、皆兄弟なり。君子何ぞ兄弟無きを患えんや。

顔淵第十二　　　仮名論語164頁7行目です。

伊與田覺先生の解釈です。

司馬牛が浮かぬ顔をして子夏に尋ねた。「人々には兄弟があるのに私だけにはない」

子夏が答えた。「私は『死生や富貴はすべて天命だ』と聞いている。君子は身を敬んで、人の道に違うことなく、人と交わるのに恭（うやうや）しくして礼に叶うようにすれば、世界中の人は皆兄弟である。

　　　君子は、どうして兄弟が無いことを気に病むことがあろうか」

　　　＊司馬牛の兄桓魋（かんたい）は無法者で、弟の司馬牛は常に肩身の狭い思いをしていたのであろう。

この章では、「死生命有り、富貴天に在り」死生や富貴はすべて天命だと、子夏が言っています。

「子夏曰わく、商之を聞く、死生命有り、富貴天に在り」・・・兄弟子の子夏は、私は孔子先生からこう学んだよ、死ぬも生きるも総て運命があり、同じく財産も地位も天命のままだと。

人の生死は、人間の意志ではどうにもならない天命であり、富や地位を得るのも、同様に天の定めによるものという考え方があったのでしょう。

「死生命有り、富貴天に在り」とは、死も生も自分で決めたことではなく天命だ、富や地位も天からの預かりものだ、ということです。

富や地位はその人の努力の結果だと考える方もおられるかもしれませんが、人間が出来るのは努力する所までです。それが富や地位という結果となって帰って来るか否かは天（人事は上司がきめますが、運といってもいいでしょう）が決めることです。「人事を尽くして天命を待つ」という言葉通りです。

実は私はこの諺をもじって、我が身におこる事を「これが天命と信じ人事を尽くす」と考えて判断・行動をしています。天命に逆らう事なく、死生富貴を度外に置き、自分のなすべき本分を務むということです。

「死生有命。富貴在天」というのは孔子の教訓ですが、死生命有りと言っても、凡てを成行きに委せて行くという意味ではありません。自分の尽すべき本分は十分に尽して、其の上は天命に委せるというのです。即ち世に尽す功労が多ければ多い程、世の人の尊敬が増して来ますが、何等世の中に尽す処なく無為徒食し、奢り驕ぶると世間の信用もなくなります。

「死生有命」は、天命と考えてもいいのですが、「富貴在天」は、行動の結果であって天命ではありません。「人事を尽して天命を俟つ」要するに人間の本分を尽して飽く迄も自己の働きによって倒れるまでつとめ、それ以上は天命にまつべきです。自己の本分を尽さずして「死生有命」などという人は、取りも直さず天命の罪人というべきです。

「司馬牛、憂えて曰わく、人は皆兄弟有り、我独り亡し」・・・ここでは子夏は、”兄弟がいないのは天命だから、それを悩んでも仕方がないよ”という意味で使っています。

子夏は、自分の意思では左右できないもののためにクヨクヨすることなく、努力を怠るなという意味で、この言葉を引用したのでしょう。

そして、”兄弟がいなくても、君自身が慎み深くしていればそれ以上失うものはないし、礼儀正しく恭しくしていれば、周りの人は兄弟にように慕ってくれるよ”と諭しているのです。

「君子は敬みて失うこと無く、人と與るに恭しくして禮有らば、四海の内、皆兄弟なり」・・・君子は身を敬んで、人の道に違うことなく、人と交わるのに恭しくして礼に叶うようにすれば、世界中の人は皆兄弟である。

「君子何ぞ兄弟無きを患えんや」・・・だから、そんなことで悩んだり、あせったりしても仕方がないよ、と言って慰めているのです。

孔子は、君子たる者は事を敬して失徳の行いなく、人と交わるには恭謙にして礼譲があれば、天下の人は悉くこれを愛敬して兄弟と同様である。と言っています。即ち肉身の兄弟は無くとも無限の兄弟があるのです。そうすれば人間としては自らつとめて徳を修める事に専心すべきであって、兄弟のないのは少しも憂愁するに足らないと答えました。これがこの章の大意ですが、この子夏の言葉の中に孔子の教訓が力強く説かれているのです。

ここから、「四海兄弟（しかいけいてい）」とは、真心と礼儀を尽くして他者に交われば、世界中の人々はみな兄弟のように仲良くなるという意味で使われるようになりました。尚「四海」は四方の海、転じて世界中という意味です。

実は、伊與田覺先生は著書『人に長たる者の人間学』第九講、道理のままに生きる、に『ここに、「死生命あり」と言っておりますが、「死」というものは、わかったようでわからんものですね。我々は生まれてから、いつまで生きるかという手形をもらっとるわけではない。今日あって明日は分からない。明日どころじゃない、一寸先はまさに闇だというのが人生です。』と仰っています。

つづく

宮　武　清　寛

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