(作り話です)
屋敷の外では、新たに設えた長机にさえ座りきれない村人たちに御神酒が振舞われ、この時を楽しみにして、村のそこここから集まってきた子らのために家の使用人玄吉と村の若い衆が、石垣の上から掌いっぱいに握った団子を天に向かって放り投げていた。
小脇に抱えた真新しい竹製の箕の中には、白米を粉にして作った団子の他に飴のような駄菓子と五銭、十銭硬貨が大量に入っていたものだから、度ごとに、ふたりの腕の動きに合わせたどよめきが沸き起こるわけである。
外から聞こえくる奇声とも歓声ともつかぬ大きな声に思わず席を立ち、玩具を手にしたまま表に駆け出してゆく栄一。
やはり栄一の背中を眼で追いながら、食べかけの煮物を口いっぱいに頬張ると、その後を追ってしまうわたし。
大の大人の背丈はゆうにある、頑強な石垣の上に立つ大柄な若者さえ声を枯らさんばかりに眼下の女子供を囃し立て、澄みわたった五月の空の下、轟く掛け声に歓呼の声、舞い落ちる団子やら硬貨やら、ひとしきり村の衆には一体どれほどまでに可笑しかったことであろう。
女衆は身につけた前掛けを大空いっぱいに広げては舞い落ちる獲物を俟ちうけ、子供らは子供らで大人たちをすり抜ける様に硬貨だけに狙いをつけては地べたを這い回る始末だ。
「栄ちゃん、お父さんが座敷に戻りなさいって・・・。みんなが待ってるわよ。富ちゃんも、ね・・・。いい?」
突然、祝いの席から飛び出したまま一向に戻ってこない主役、栄一を呼び戻しに、表へ飛び出てくる当家の女中キミ。
「ん・・・、うーん」
わたしこそ、目の前に繰り広がる歓喜の輪の中にすぐさま飛び込みたい心境だったが、キミに念を押されては生返事のひとつも返すしかあるまい。
「キミ・・・。おら、もうざしきはあきた。おもしろくね・・・。へやであそぶすけ。とみこもこい」
「・・・」
「お父さんに叱られるから、ね。早く座敷に戻りなさい・・・。ほら!」
栄一は、引き止めようとするキミの腕を振り払うと広い玄関の、整然と並べられた祝い客の履物を蹴散らせながら、自身のために忙しなくごった返す台所や、多くの客で埋まって座敷のことなど一向に意に介することなく、そのまま一目散に階段を駆け上がってゆく。
「とみこー。はやくこい!」
「・・・」
二階からの栄一の呼びかけを受けて、キミにそっと目配せをしながら一体どうしたものかと考えあぐねていた。
「ふふふ、しょうがないわねー、栄ちゃんも富ちゃんも・・・。じゃあ、もうお座敷はいいから二階で遊んでなさい。私からお父さんや皆さんに上手く言ってあげるから・・・」
「んー・・・」
その時、わたしは頭を垂れながら、如何にも辛そうに一段一段ゆっくりと階段を上っていったものだ。
それにしても、当時、あれだけ立派な造りの屋敷は他に有っただろうか。
見るからに頑丈そうな踏み板で、しかも人が何人乗っても軋み音ひとつしない幅広な階段だけでも頷けよう。
栄一の部屋とて、ただの子供部屋などと決して侮ることなかれ。
先祖代々の位牌を祀る一般農家の座敷などより明らかに広い間取りに、採光と換気を兼ね備えた大きなガラス入りの窓、当地一流の雪深い冬の厳寒や盆地独特の蒸し暑さを考慮するように、丁寧な塗り壁と豪華な瓦葺の屋根は保温性と通気性を兼ね備えていた。
ただでさえ重いべた雪の豪雪地、梁と柱の太さなぞ語る必要も有るまい。
「ウィキペディア」「豪雪を生き抜いた農民たち」「国史大事典」「あゝ野麦峠」等を参考にさせていただきました