息子が生まれて昨日で80日。祖母と義父の逝去など本当に色々あった日々でした。昨日、義母と我が家の3人の計4人で、義父の法要兼、息子の早めのお食い初めで結婚式をしたレストランへ行きました。

結婚して4年目ですが、お互いシフト制の共働きで、休みもほぼ合わず、旦那くんの実家に帰ることも少なく、なかなか交流できない日々でした。長男の嫁として何の務めも果たせていない、そんな思いがずっとありました。それでも何かきっかけを見つけては自発的に連絡を取るようにしていましたが、どうもうまくいかない感じも…。


大きな変化のきっかけは息子を妊娠したことでした。検査薬で陽性が出た時点で、まだ確定でもないのに、思わず旦那くんの実家に電話をしていました。多分共有してくれる人がほしかったのでしょう。今は亡き義父が電話に出て、上ずった声で喜んでくれました。それ以降は検診のたびに、エコー画像をファックスやメールで送信し、お返事をいただくようになりました。


9月半ば。産休に入ってようやく旦那くんと休みが合い、体調も落ち着いていたので妊娠してから初めて旦那くんの実家に帰りました。いきなりお腹の大きな嫁が来て、どう思われるかしらと不安でしたが、義父が駅まで車で迎えにきてくださって、温かく迎えていただきました。


そして一週間後に旦那くんは急きょ遠方での長期出張が入り、私は予定よりも早く実家へ里帰り。産前産後も定期的にメールを送るようにしていました。今思えば無意識に、私の実家で過ごしていますが、そちらのの嫁ですよ、という意思表示だったのかしら…。

産後は里帰り中に祖母が亡くなり、里帰りを終えてから、義父が亡くなりました。


1/19、約4カ月ぶりに、旦那くんの実家に帰りました。息子を連れて駅からバギーで向かいました。息子が生まれた後に義母が庭に植えたアオキの木と写真を撮りました。息子が寝るスペースも作って、湯たんぽまでいれて待っていてもらい、何だか涙が出そうでした。


そして1/20、4人で結婚式をしたレストランへ。結婚式以来だったし、食事をした個室は当日の新郎新婦控室だったお部屋。それだけで懐かしくて色々思い出していました。息子の授乳やおむつ交換に何度も何度も中断されながら、ゆっくりと食事をいただきました。そしてたくさん話しました。


旦那くんが一時退室していた間、義母とディープな話をしました。私が家族看護で学んだ、夫婦→子がいる家族→子の巣立ち→夫婦の再構築→孫を含めた家族の再構築、という家族の形の変化の話を何故か偉そうにしてしまいました。その中で人の生死も出てくるということと、私は息子を産んで初めてこのループを理解したということも添えて…。


帰り際、電車でわかれる際に、義母から「本当にありがとう」と言われました。何だか色々な意味の「ありがとう」に思えました。
私こそなんです。これからもよろしくお願いします。

1月1日のブログに書いたことが牙をむく今日。

寂しくなかった、なんて言葉が、強がりを孕んでいることなんて誰に気付いてもらえるだろうか。


今日も息子をバギーに載せて近所のドラッグストアへ買い物に出かける。

ドラッグストアの前に銀行によって、コンビニによって住民税を納税。

育休になったら途端に納税の請求書が届いて驚いた。時期的に合致しただけなんだけど。

ちょっと家計的にかなり痛手。

コンビニで写真プリントしようとしたら、iPhoneからはできないことに気付いて断念…。

せっかく初おでかけのクリスマスの写真プリントしたかったんだけどな。


ドラッグストアにでかけると、いつもより人が多くて、バギーでやってきたことを後悔。

ただ、ここのところ体調が悪く、先日倒れたこともあり、息子に怪我をさせてはいけないのでバギーの選択肢は避けられなかった。

ドラッグストアに行かなきゃいいじゃないかと言われるかもしれないけど、棚の一番上に入れて保管していた母乳パッドが気づけばラスト1個だった昨日…買いに行かないわけにいかないじゃない…。


どうにかバギーで入れるドラッグストアなので、周囲を気にしながら、必要なものだけカゴに入れていたけど、途中でどうしても陳列棚に戻さなきゃいけないことがあって、でもちょうどその時間帯にその陳列棚の前がなぜだか人が絶えなくてたどり着けなくて…店員さんにお願いしたら快く戻してくれました。


レジの支払いの際、店員さんがとても早口で、少し動悸がした。とっさに対応ができないと最近動悸がする。倒れてしまったのもそんな時…。旦那くんがいてくれたから事なきを得たけど、こんな人の多いドラッグストアで倒れるわけにいかないし、助けてくれる人もいないから気力で耐えた。周りは家族連ればかり。私だって旦那くんと来たいよ…。荷物は配送してくれるお店なので配送をお願いして帰る。


帰り道、商店街を抜ける。

普段とは打って変わってシャッターばかりの日曜日。

家族連れが通り抜けていくいつもの道。

お父さんとこどもの組み合わせとか見て、だんだん心が締め付けられるようになった。

目の前の息子があれくらいのこどもになった時

「ねぇ、おかあさん、どうしてうちは日曜日におとうさんがいないの?」

なんて言われたら、どうしたらいいんだろう。

寂しくない、大丈夫って私が胸を張っていられたらいいんだろうけど、今日は無理・・・。

体調も悪いし、ココロも不安定・・・。


マンションに向かう道も、一人で歩いている人なんかいなくて、必ず家族連れはお父さんがいる。

こどもを挟んで3人で歩く人

こどもの手を引いて歩くおとうさん

チョコチョコあるきのこを追いかけてるおとうさん。

おとうさん、ばっかり目についてしまって苦しくなった。

ファミリー向けのマンションが多いエリア、仕方がないけど、つらくなった。


家に帰って、玄関を閉めて、泣いた。

息子をバギーからおろして、ぎゅってしてわんわん泣いた。

子供みたいにぎゃーって泣いた。

そしたら息子がウンチをブリブリってして、励ましてくれた。

しかもそのあと、私に身体を預けて眠り始めてくれた。

この子がいるから、大丈夫。

寂しくないよ。


そうやって思えば思うほど涙が出た。


夕方、同じく産休中の後輩とメールのやりとりをしていた時、彼女からも同じ感じを受けた。

やはり彼女も同じように思っていることを知った。

彼女のご主人も同じように飲食業の社員。

年末も、忙しいのはありがたいことだけど、心配だよね、っていうことで意気投合したところだった。

飲食業の妻連合でも作ろうか、って冗談を言ってみた。


何度か、土日祝日に夫がいないことを他人に漏らしたことがある。

漏らした人が悪かったかな。

「相手がいるからいいじゃない」

「結婚してるからいいじゃない」

「自由にできるからいいじゃない」

「その分平日休みなんでしょう?いいじゃない」

いいかもしれない、それは確かにうなずける。


でも、「日曜日の夫」がいないことや、多数を占める日曜日がみんな休みの家族を見ていてうらやましいと思ったり、切なくなったり哀しくなったりする自分をすべて押し込めなければいけない、「いいじゃない」だった。つらいといえば、つらかった。

心の奥がいつもぎゅーっと締め付けられるような気分がしていた。


産後、っていう要素が加わって、家に帰ってからだけどタガが外れたんだと思う。

ボロボロ泣きながら、今まで誰からも

「そうだよね、寂しいよね」

とか、同意してもらえなかったことに気付いた。

いわゆる傾聴をしてくれる人が、この件に関してはひとりもいなかったってこと。


別に、日曜日に休む仕事に変わってくれって思ってるわけじゃない。

私だって土日祝日、昼間夜中関係なく看護師の仕事をしてきたから。

日曜日にお仕事をしているのは、お客様の笑顔のためだし、それこそ家族連れの団欒を支えているのは自分の夫だって思うのは誇らしい気持ちもある。

でもね、たまには日曜日の夫、があってもいいじゃないって思ったり。

忙しいから帰りが遅くなるのが仕方がないのもわかってる。

わかってるけどね。

つらいこともあるんだよ。


そして、つらいって発信したって、家族団らん中の周りの人たちは、そのSOSに気付かないんだよ。


私の心がもう少し病んでたら、孤独に耐えかねて何かをしかねないとも思った。

幸いなことに、この間から色々なSOSを保健師さんや家庭支援センターのひとなど

家族以外の人にも受け止めてもらえる機会があったから、私は大丈夫だったけど・・・。


なんとかあと5時間ほど耐え抜いたら、きっと旦那くんは帰ってくる。

でもその5時間が途方もなく永遠に思えたりする。

誰かにわかって、って思うわけじゃないし、どうせわかんないでしょう?とも思ったりもする。

でも、そういう人がいること、そういうSOSを受け止めるところってどこにあるんだろう。

土曜日までは行政も幅を広げたりしているけど、日曜日にやっているところはない。

電話相談で受けてくれるのは、ほとんどつながらない「いのちの電話」くらい。

でも、いのちの電話にかけるほどのことでもないようにも思ったりする。


ホントに、日曜日が仕事の妻連合としてピアカウンセリングとか、グループワークしたら

すごくみんな元気になるようにも思ったけど、私と彼女以外に、土日祝日が仕事の奥さんを私は知らない。

探せばいるんだろうけどね。


このブログ書いて、以前に「いいじゃない」って言われたように反応されたらどうしようっていう思いもある。

でも、発信しておかないと私の心が立っていられないから。

わかってとは言わない、でも、誰か気づいて、って思ってる。

こんな人もいるんです。

喪中のため、新年のご挨拶は失礼させていただいております・・・。


2014年大みそかに近所の少し大きめのスーパーに買い物に出かけました。

たくさんの家族連れを見ながら思い出していたことがありました。


私はずっと年末年始や土日祝日にそのスーパーに行くとつらくなっていました。

年末年始、土日祝日、100%仕事の旦那さまをもつ私は、家族でおでかけしたあとやこれからみんなで食卓を囲むんだろうなと思い描いてしまい、いつもつらくなっていました。トイレに駆け込んで泣いたこともありました。


でも昨日は違った。

全然つらくなかった。

だって、旦那さまがいなくてもひとりぼっちじゃなくなったから。




2014年の年始、仕事上がりの旦那さまを待ち伏せして、浅草寺にでかけたのは1月3日の夜遅くでした。

浅草寺の観音様に、年始に忙しくて倒れそうな旦那さまを守ってください、というお願いと一緒に一つのお願い事をしていました。


「私達に赤ちゃんが授かりますように」と。


結婚3年目、周りからのプレッシャーも感じるようになった日々。自分ひとりだけ焦っているような気もしなくなかった時もあったけど、2013年11月ころから、少し建設的な会話をするようになった私達。いつかこの手に赤ちゃんを抱きたいと思い続けていました。


2月半ば、検査薬で陽性を見たときの喜び。

2月末、初めてのエコーで着床している卵ちゃんを見たときの喜び。

3月頭、やっと心拍確認できたときのあのピコピコしていた心臓。


その後、月日を経て


11月1日、やっと会えた。私達の赤ちゃんに。


信じられないかもしれませんが、この泣き虫で仕方がなかった私が、出産後も泣きませんでした。

うれしくてうれしくて仕方がなったけど、でも涙よりも喜びが強すぎる、という感じでした。

涙が出ないほど、うれしいことってあるんだと、初めて知りました。


11月下旬、祖母が亡くなりました。

でも、亡くなる直前に私が伝えたかった思いはすべてお手紙にしていたし、息子の写真も見てもらったから、ありがとう、と送り出しました。


12月1週目、里帰りを終了して帰宅しました。

12月2週目、家からすぐの古い歴史のある神社に、お宮参りをしました。

双方の両親にも来てもらい、お参り後は我が家で仕出しのお寿司弁当と旦那さまが作ってくれた煮物を食べました。


その日、義父が急逝。


12月3週目はお通夜とお葬式でした。

12月4週目、産後初めて旦那さまと息子と三人でお出かけをしました。


そして大みそか。

一人じゃないココロの違いに気付きました。


今日元日は7時台に出勤した旦那さま。

いつも玄関でお見送りですが、今日はエレベーター前までお見送りに行きました。

喪中なのでおもちもおせちも準備しなかったお正月ですが、少しだけ近所で買ったものをお皿に並べてみました。

一人で食べるだけだけど、全然わびしくもなかった。


2013年の大みそか、カケラもなかった命が、今目の前にいる。

そして毎日育っていて、笑ったりしゃべったりするようになってきた。


大切な二つの命を見送った2014年でしたが、大切すぎる命を預かったので、ここから先どんなことがあってもこの命だけは大切にしていこうと思います。


そして、さっき別れた命がすぐに消える可能性があることも学びました。

だから、伝えたいことは大事なことはきちんと伝えておこうと思うようになりました。

感謝や愛情、大切な思いはもったいぶらずに恥ずかしがらずに伝えよう。

それは、旦那さまも同じように変化してきたと思います。


大事なことをたくさん学ばせてもらった2014年でした。

今年はこの大事な命から、そしてそれを取り巻くお世話になっているみなさまから、きっと、たくさん学ばせてもらうんだろうなと思っています。

ありがとう。そしてよろしくお願いします。