音楽の醍醐味は何処に?あるのか......
原曲のメロディーとハーモニーの関係とリズム
それが良ければ演奏者ないし指揮者の表現力
それがよければ録音の空間力 マイキングとリバーブの種類
それもよければ演奏者の音色とヴィヴラート
されらの統合されたバランスの後で最終的には私の好む波動として統一されているか...... ということにある。
クラッシックに限らずジャズにもすべてのジャンルに通じることである。
まぁ多分に個人々の好みであるから普遍的な絶対力はないにしても、いい演奏は名盤として認知されるものである。
しかしポピュラリティーがなく万人には届かないが素晴らしいお宝を探すのが人生の楽しみというものである。
私は弦楽器奏者だから人一倍気になるのだギターにかぎらずね......
ヴイヴラートは天性であると思う 練習して魅力的になるものではないからだ。だからこそ面白い! 個性がそこに表れるからだ。
で、歌手なら 島倉千代子の東京だよおっかさん!が好きだよ! ⌒⊥⌒ゞ
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ヴィオリン編である。
弦楽器の花!ヴァイオリンこそヴィヴラートが宿命であります。
まぁ 日本のライブハウスでヴィオリニストとのセッションが多いから余計なことは言えないんだが(笑)
ヴァイオリンが大好きで一番安いスズキのヴァイオリン買って赤色エレジーとか明治一代女とか大正サウンドを弾いて遊んでいたのだが若い頃の貧乏時代に質草となりましたな。
私にとっての最初はステファングラッペリーが青春のハマりもの。
天使のヴァイオリンとは誰が云ったか、フランスのエスプリは国宝級だと思うのだが国から勲章の一個も貰ってるのかな......
ジャンゴのギターと共に永遠を築きましたね。
隠れ名盤はミッシェルルグランのサントラ 『太陽が知っている』
アランドロンとロミーシュナイダーの映画ですよ。
で、次はジェリーグットマン ロックグループのフロッグからマハビシュヌオーケストラに入った頃は素晴らしかったのである。
ワウを踏んでのエレクトリックはジャンルックポンティより好きである。
地味だがデュークエリントンのトランペット奏者のレイナンスもいい。
ヘタウマだけどいい味なんです。そこはかとなくアンニュイなジプシーな香り黒人だと思うけどね......
私の今までで最高に落とされたのはピアソラの若い時代のアルバムでおなじみのエルビーノバルダロ!
何でも神の感情を持つ男と云われたとか......
しかもムンクの叫びのように脳髄を掻き乱される退廃とモダニズム......
世紀末的耽美というかねそら恐ろしいものがあった。
それからは、すさまじく濃いヴィヴラートフェチ時代からそこはかとなく私も大人になったのか...... 中年期ロマン症候群に落としてくれたのが ヨゼフシルベスティンというのかな(Joseph Silverstein) アメリカの女流作曲家のAmy Beachの作品集で落とされた。
無声映画のおもむきである。探している内にバッハのパルティータをやっていて喜々として聴いたのだが バッハには合わない。
情緒が私的には合わないのであった。(私的だから誤解のないように)
向き不向きがあるのである。バッハはやはり別なのかも......
バッハの無伴奏ソナタもずいぶんあさったが 女流奏者のレイチェルポッジャーのバロックが一番録音&風情共にしっくりと気にいっている。
ここ最近の一番はカナダの女流ヴィオリニスト 『Chantal Juillet』 (読めない)フォーレが好きで探している中で見つけましたよ、デリケートで消え入りそうで耽美というかタマランです。
シヤルルデュトワの常連アーティストのようである。
意外に合わなさそうなストラビンスキーの作品もやっているのだがこれも良いのであった。
クラッシックは膨大だから評論家のように聴いてはいない。
日本のクラッシックアーティストもあまり知らんから宣えない。
しかし偶然を装い出合うアルバムと言えど、気に入るアーティストとの邂逅はお宝である。
カメラマンが最高のシャッターチャンスに出会えるのが天の采配ならば、私の音楽人生に必要な栄養源として出会わしてくれたのかも知れない......
何分 私の好みであるから語弊のないように......
守護霊様もわかっていらっしゃる。
こいつにはそろそろこのアーティスト聴かせてやるか!......
とか采配されてるのもあるだろう。
素晴らしい必然がまだまだ足らん......
しかし裏はそれだけ自分の努力が足らんということに話は落ちる。
私の情緒に合うと思うサウンドがあったら誰か教えてくださいな ⌒⊥⌒ゞ
2010年スイングジャーナルが廃刊になった。
戦後日本はアメリカ文化の洗礼を受けて育ってきた。
アメリカのドラマや映画に憧れ、テレビの主題歌のかっこよさに子供の頃は日本の音楽との比較を無意識にもしながら育ったようなもの......
少しでの遜色のない日本製に出会うと嬉しさはかくせなかったものである。
私は53年生まれ だいたい60年頃から音楽に芽生えてきたようである。
ラジオから流れる洋楽が主だった時代である。テレビではヒットした洋楽ポップスに日本語の歌詞を乗せて歌っていた。当時の流行歌歌手やアイドルたちの屍の上に今のJ-ポップの土台があるのだ。
先輩は大切にしなさいな(笑)
さて、ジャズは戦後のマッカーサー&ジュラルミン(B-29)なサウンドとして日本人には映っていたようである。なるほどな...... ベニーグッドマンやグレンミラーなんか確かにそんな気がします。
敗戦当時の日本人には華やかでかっこよくて憧れのすべてが詰まっていたんだろう......
原爆を二発!落とされてもである...... アメ産を受け入れてしまう日本人の気質は憎い相手はすぐに消え去るのである。
それとも軍国主義の時代に大半の日本人は辟易としていた証でもあろうかね......
悔しくも負けて良かったとも思う人も多かったのか......
そんな事をな~んにも知らずに育った私は幸運だったのだ。
オート三輪やホンダのバタバタの音を聞きながら......
テケテケエレキにビートルズ、フォークからロックにジャズに夢中になった。
欧米の音楽やアーティストに一喜一憂しながらの毎日である それに引き換えても日本の歌謡曲と比較しつつ いつかは肩を並べたい!と思って生きてきたんだと思う。
私が思うに70年頃かな......
ニューミュージックなるネーミングと共に日本の音楽も少しずつハイセンスに肩を並べてきた時代は......
ロックもジャズも新時代に突入である。ジャズも新しくクロスオーバー そしてフュージョンとデザインを進化させていったのである。
いつしかスタジオミュージシャンという憧れが雑誌を賑わす時代。
アドリブ誌が創刊されたのはディスコブーム時代の華やかな頃赤青黄色のソウルカラー
そしてアフロなマイルス!
素晴らしいカリスマと共にアルバムデザインや録音も確率した時代あると思う。
タワーレコードの一号店がオープンして新時代の幕開けのようだった。
すべては豊かなアメリカ文化の中で育ったミュージシャンの質の高さの表れであろう。
音楽の歴史の深さに尊敬しつつ我々日本人は追いつき追い越せと努力したんだよ。
さて、そんな時代も80年代前半までか......
デジタル技術の発展に伴いCDの出現!
これは大きな曲がり角である。いいのか悪いのか......
レコードの発明から長い蓄積の末に完成したアナログ技術。
それからはデジタルを何とかかっこよく見せよう聴かせよう!と業界は活性化していったのである。
様々なアナログ対デジタル議論がそれから始まる。お前らは悪魔だ~ いや天使であるんだ!
とか...... 私も散々にやった口である。(笑)
未来のデジタル文化はもはや止めるすべはない。
小さく軽く精緻にストレスレスに~数字の魔力は突き進むのだ。
んな、事を通り過ぎて時代は2010年!
スイングジャーナルの廃刊は一つの時代の終焉の象徴であろう。アドリブ誌もとっくに廃刊な時代。
ニューミュージックを司ってきた先達は還暦になろうとしている。
いつしか洋楽は以前の姿を消し、今はJ-ポップの時代。洋楽を知らずに育つ若者達も多い。
いつしか日本の音楽は肩を並べたのだろうか...... ?
陰陽120年のサイクルは60年で反転する。 モーターだって交流で反転させつつ回る摂理。
簡単な真理に照らし合わせれば戦後60年がすぎて反転しだしたのも摂理であるのだ。
今はハイブリットな時代!日本のお家芸がいよいよ光を増す黎明期に突入である!
今こそ追いつき追い越せの時代を歩いてきた我々が物まねから大きく脱皮した音楽を創造していかなければならないと思うのである。
後生大事にジャズの型を尊敬し守るのも大切なことだけれども......
己の形を空間を創らなければ楽しくない。
それが時代の人里をはなれ...... 認められなくても心の片隅には置くものである。
私は日本のジャズコピー時代を散々に生きてきたからね。
しかしこの気概は簡単なことではないのだよ これは ┌_ж_┐
戦後日本はアメリカ文化の洗礼を受けて育ってきた。
アメリカのドラマや映画に憧れ、テレビの主題歌のかっこよさに子供の頃は日本の音楽との比較を無意識にもしながら育ったようなもの......
少しでの遜色のない日本製に出会うと嬉しさはかくせなかったものである。
私は53年生まれ だいたい60年頃から音楽に芽生えてきたようである。
ラジオから流れる洋楽が主だった時代である。テレビではヒットした洋楽ポップスに日本語の歌詞を乗せて歌っていた。当時の流行歌歌手やアイドルたちの屍の上に今のJ-ポップの土台があるのだ。
先輩は大切にしなさいな(笑)
さて、ジャズは戦後のマッカーサー&ジュラルミン(B-29)なサウンドとして日本人には映っていたようである。なるほどな...... ベニーグッドマンやグレンミラーなんか確かにそんな気がします。
敗戦当時の日本人には華やかでかっこよくて憧れのすべてが詰まっていたんだろう......
原爆を二発!落とされてもである...... アメ産を受け入れてしまう日本人の気質は憎い相手はすぐに消え去るのである。
それとも軍国主義の時代に大半の日本人は辟易としていた証でもあろうかね......
悔しくも負けて良かったとも思う人も多かったのか......
そんな事をな~んにも知らずに育った私は幸運だったのだ。
オート三輪やホンダのバタバタの音を聞きながら......
テケテケエレキにビートルズ、フォークからロックにジャズに夢中になった。
欧米の音楽やアーティストに一喜一憂しながらの毎日である それに引き換えても日本の歌謡曲と比較しつつ いつかは肩を並べたい!と思って生きてきたんだと思う。
私が思うに70年頃かな......
ニューミュージックなるネーミングと共に日本の音楽も少しずつハイセンスに肩を並べてきた時代は......
ロックもジャズも新時代に突入である。ジャズも新しくクロスオーバー そしてフュージョンとデザインを進化させていったのである。
いつしかスタジオミュージシャンという憧れが雑誌を賑わす時代。
アドリブ誌が創刊されたのはディスコブーム時代の華やかな頃赤青黄色のソウルカラー
そしてアフロなマイルス!
素晴らしいカリスマと共にアルバムデザインや録音も確率した時代あると思う。
タワーレコードの一号店がオープンして新時代の幕開けのようだった。
すべては豊かなアメリカ文化の中で育ったミュージシャンの質の高さの表れであろう。
音楽の歴史の深さに尊敬しつつ我々日本人は追いつき追い越せと努力したんだよ。
さて、そんな時代も80年代前半までか......
デジタル技術の発展に伴いCDの出現!
これは大きな曲がり角である。いいのか悪いのか......
レコードの発明から長い蓄積の末に完成したアナログ技術。
それからはデジタルを何とかかっこよく見せよう聴かせよう!と業界は活性化していったのである。
様々なアナログ対デジタル議論がそれから始まる。お前らは悪魔だ~ いや天使であるんだ!
とか...... 私も散々にやった口である。(笑)
未来のデジタル文化はもはや止めるすべはない。
小さく軽く精緻にストレスレスに~数字の魔力は突き進むのだ。
んな、事を通り過ぎて時代は2010年!
スイングジャーナルの廃刊は一つの時代の終焉の象徴であろう。アドリブ誌もとっくに廃刊な時代。
ニューミュージックを司ってきた先達は還暦になろうとしている。
いつしか洋楽は以前の姿を消し、今はJ-ポップの時代。洋楽を知らずに育つ若者達も多い。
いつしか日本の音楽は肩を並べたのだろうか...... ?
陰陽120年のサイクルは60年で反転する。 モーターだって交流で反転させつつ回る摂理。
簡単な真理に照らし合わせれば戦後60年がすぎて反転しだしたのも摂理であるのだ。
今はハイブリットな時代!日本のお家芸がいよいよ光を増す黎明期に突入である!
今こそ追いつき追い越せの時代を歩いてきた我々が物まねから大きく脱皮した音楽を創造していかなければならないと思うのである。
後生大事にジャズの型を尊敬し守るのも大切なことだけれども......
己の形を空間を創らなければ楽しくない。
それが時代の人里をはなれ...... 認められなくても心の片隅には置くものである。
私は日本のジャズコピー時代を散々に生きてきたからね。
しかしこの気概は簡単なことではないのだよ これは ┌_ж_┐
