こんにちは。FIREしたあんこ(現在51歳)です。
今日ニュースを見ていて「Googleストリートビューは過去に遡って確認できる」ということを知りました!
「もしかして、私が学生時代を過ごした思い出の下宿先も見られるのでは……?」と思い、さっそく検索してみることに。
現在その場所はすでに立派なタワーマンションに変わっているのを知っていたのですが、過去のデータをどんどん遡っていったところ……
なんと、2012年のアーカイブデータに、私が住んでいた懐かしのアパートを発見することができました!
2階の向かって右端が私の部屋でした![]()
見てください、この昭和感あふれるノスタルジックな佇まい!✨
当時は軒下に鳩が住み着いていて、毎朝ハトの鳴き声で起こされる日常(笑)
壁も薄く、お隣さんのテレビの音がそのまま聞こえてくるような筒抜け状態でした。
玄関ドアも蹴ったら開きそうなほど安普請でしたが、幸い「若い女性が住んでいる」とは思われなかったようで、防犯上で怖い思いをしたことは一度もありませんでした。
(周りの友人たちはベランダに不審者が潜んでいたり、毎夜インターホンを鳴らされたりと大変な目にも遭っていたので、今思えば強固なセキュリティ(?)でした笑)
仕送り8万円から生まれた「徹底したコスト感覚」
当時の親からの仕送りは「月8万円」。
(学費を払った上で仕送りをしてくれた親には、今でも本当に感謝しかありません
)
この8万円の中から、家賃(4万円弱)を払い、食費や光熱費、日用品まで全てをやりくりしなければなりませんでした。
実は、私の徹底したコスト感覚は、まさにこの学生時代に身についたものです。
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食事は「納豆ご飯」が基本 食費を削るため毎日納豆ばかり食べていたおかげで、実は今でも納豆がちょっと苦手になってしまいました(笑)
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エアコンなしの夏を乗り切る工夫 部屋にエアコンがなかったので、猛暑の日は友達の部屋に泊めてもらったり、アルバイトがない日は涼しくて快適な大学の図書館で閉館ギリギリまで過ごしてから帰宅していました。
貧しかったけれど、温かかった思い出
部屋は無駄に広く、駅から近かったこともあり、いつも大学の友人たちが入れ代わり立ち代わり遊びに来ていました。
お金は全くありませんでしたが、みんなでワイワイ過ごしていたので、不思議と寂しさを感じることは一度もありませんでしたね。
あまりにも極貧生活を送っていたので、近所の友人がたまにお惣菜などの差し入れをしてくれたり……。
学生時代は本当にたくさんの人の温かさに助けられました。
貧乏生活は投資家としての「最高の原点」
今はFIREして自由な生活を送っていますが、この昭和アパートでの貧困生活こそが、私の資産形成やバリュー投資家としての「ゆるぎない原点」になっています。
少ない予算の中でどう工夫して豊かに暮らすか。
この時に培った「コスパ意識」と「身の丈に合った暮らしの楽しさ」があったからこそ、FIREを達成するまでコツコツと株式投資を続けられたのだと思います。
お世話になった友人や両親には、これからもしっかり恩返しをしていきたいですね!
皆様は学生時代や若い頃、どんなお部屋や下宿先で過ごされていましたか?
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