連休2日目。

 

     一昨日と昨日、所用で市内に出かけたためか、

     それとも、今日は何も用のない一日だからか

     腰痛がでて、疲れが倍増したような。

 

     カレンダーが用で詰まっているときは、

     不思議に身体がシャンとして、

     少々の腰痛はどこかに、吹っ飛んでいくのだが

     用が済んで帰りの電車を降りて、マンションに着いたとたん

     倒れこむように部屋に入る。

 

     ゴールデンウイークなのだが、

     今のところ予定はない。

     今日は、ひとしきり、ゴロゴロしていたあと、

     アッそうだ。写真の整理をしよう!と思い立った。

     まだ未整理の古い写真を引っ張り出してみる。

     そこには若き日の私がいた。

 

 

 

 

         

 

       下関にいた両親の元を遠く離れ、兵庫北部の高校に赴任した頃。

       高校3年生とは、4つしか違わない幼い教師であった。

 

   

         

 

         バレーをしたこともないスポーツ音痴の私が

         顧問がいないということで、バレー部の顧問になり

         生徒を引率して試合に行くよう命じられたが

         関西の地理に疎い私には、それが不安でならなかった頃。

 

         あれから52年、振り返ってみれば

         激動(?)の52年だった。

         ぽかぽかと暖かい陽が身体中に注いでいると思えた日々。

   

         地の底に落ち込み、這い上がらなければという一心で、もがいた日々。

    

         思えば、父母の愛情に包まれていた日々が、一番幸せな日々だったと思う。

         親の愛は、どこまでも信じられる愛である。

         そういう愛を一身に浴びながら、育った私は幸せな娘だった。

 

         そんな私が2人の男子の親になったわけだが

         息子2人に無償の愛を注いできただろうか?

 

         ここには、いつまでも、親になれない自分がいる。

 

       

 

        マンションの久留米つつじ

 

       

 

         一輪だけ名残の椿が。

 

        

 

          大きな獲物を前にしたチビ。

 

  

       

 

     バレー部