ここから逃げ出してしまいたい。
そう思ったこと、もちろんあるかと思います。

嫌なこと、辛いこと、苦しいこと、生きていれば色々なことが起こります。
もちろん、その度にすぐ逃げ出していては、何も前には進みませんし、嫌なことがあるたびに、サクサクと環境を変えられる人は、そもそも鬱病にはかかりません。
でも、小さなことが重なって、大きな「逃げたい」になることはたくさんあります。
もちろん、一撃で大ダメージを受けるような不運もあります。

そんな時、人はどこまで耐えるべきなのでしょうか?
そもそも、逃げるってそんなに悪いことなのでしょうか?

少し記憶をさかのぼって、大体10歳ぐらいまでに見ていたアニメや漫画、その辺りに馴染みのない人は知っている昔話や絵本で構いません。思い出してみてください。

幼少時代、多くの先進国では何かしらの物語に出会います。
実は、物語というのは、ただ楽しむためだけのものではありません。
子供たちが社会性を身につけていくため、そして実際に世間の荒波に揉まれる前に、疑似体験で免疫を養うために与えられる教材としての役目もあるものなんです。
日本はいわゆるお伽噺以外にも、アニメーションや漫画、特撮と呼ばれるようなサブカルチャーが盛んな国ですから、興味がなくても何も目にすることなく成長した人は、あまりいなんじゃないでしょうか?

思い出してみれば、馴染みのある登場人物たちが何人かいるかと思います。
そこで質問です。
その人たちは、どんな性格だったでしょうか?
お話の中身はどんなものだったでしょうか?

負けない、逃げない、諦めない。

そういう登場人物が逆境に耐えたり、立ち向かったり、そうして幸せになっていく物語が多かったような気がしませんか?

男の子向け、女の子向けで、内容は大きく変わります。
男の子に向けたサブカルチャー作品の多くは戦いで、女の子に向けた作品は恋を扱う物が多めなのですが、大雑把に話を分類してみると、大筋はだいたいこんな感じです。
努力家の少年が修行して強くなり、敵をやっつける。
一生懸命頑張った少女が、大好きな彼と恋人同士になる。

逃げずに頑張ったらいいことがあるよ。
物語の多くには、そういうメッセージが込められていることが、とても多いんです。
子供たちが成長していくための、前向きで素晴らしいメッセージですよね。
でも、だからこそ、このメッセージは私たちの心の根っこに染みわたってしまっているんです。

このメッセージは、元気な時に思い出せば、前に進む力になります。
でも、そうでない時に思い出してしまったら、まったく逆の力にもなってしまうんです。
頑張っていないと安心できないとか、逃げたら幸せまで逃げるんじゃないかとか、そういう不安に心当たりはありませんか?
その不安の根っこにあるのは、子供の頃から馴染んできた歴史あるメッセージです。

どこまで人は耐えるべきか?
どこまでなら耐えなければならないのか?

社会全体でそのハードルが上がっているのは、この思想が多くの人に根付いているからです。
逃げるのは悪い事。
みんな無意識に、そう思ってしまっています。

ですが、思い出して下さい。
人間は動物です。
地球の歴史から考えると、家畜を飼い、服を着て、道具を使うようになったのはつい最近の事です。
脳が発達したことで文明社会を築くことができましたが、それでもこの体が猿から進化していることに変わりはありません。
私たちの中には、全ての動物たちと同じように、生きるための本能が生まれながらに備わっているんです。

思い浮かべてみてください。
野生動物がたくさん暮らしているサバンナで、シマウマが草を食んでいます。
そこはたくさんの草が生い茂り、水があり、自分が生きていくために必要な条件が全て備わっている場所でした。
ですが、シマウマの耳には、草をかき分け、自分に近づいてくる足音が聞こえました。
シマウマは、耳を澄ませ、匂いに意識を集中し、目を凝らします。

動物の世界で一番優れているのは、生き延びる力を持っている個体ですから、沢山の刺激を受け取り、状況を分析できるこのシマウマは、とても優れたシマウマということになります。

敵が近づいていることを察知したシマウマは、この後どうするでしょうか?
あなたがシマウマならどうしますか?

もちろん、逃げるはずです。

逃げなかったら、ライオンが来るかもしれません。
気付いたらすぐに逃げるのが大正解です。

生き延びる力というのは、本来不快な刺激をより多く受け止め、察知した危険から逃げることです。
人の世界では、すぐに命の危機に陥るような状況はなかなかありませんし、日本はとても平和な国ですから、そこまで真剣に危険について考えることもありません。
でも、心も体も絶えず刺激を受け続けています。
生き延びる力を持っている人こそ、多くの刺激を受け取ってしまいますし、不快な刺激は危険への警報として伝わってしまうんです。

私たちの心理の奥深くには、逃げるのは良くないという概念がありますから、心も体も八方ふさがりになってしまいますよね?
ライオンがそばにいるのに、逃げずにご飯を食べなきゃいけない。
理性と本能が同居している人間の体は、こんなめちゃくちゃな状況にずっと晒されていることになるんです。
しかも、強い人ほど多くの警報に耐えています。

甘えだの、我慢がないだのなんて、とんでもありません。
むしろ鬱病にかかった人は、鼻先1センチまでライオンの恐怖と戦った勇者です。
我慢強いことこの上ありません。
この手のことは、理解されにくいですし、誉めらることもなかなかありませんので……僭越ながら私、称賛させて頂きます。
とても大変な目にあわれたというのに、あなたはずっと勇敢でした。
本当に、本当に、お疲れ様でした。

「ここから逃げたい」
そう思うことの大切さ。当り前だということ。逃げないことがどれほど大変かということ。
おわかり頂けましたでしょうか?

逃げたい時はすぐに逃げるべきだ、なんていうつもりは全くありません。
そんな簡単な世界で、人は生きていませんよね。
でも、「逃げたい」という気持ちは、「逃げない」という意思と同じくらい、本来はあなたを守るためのものなんです。
だからこそ、逃げないということは、生物にとって間違いなく身体的負担となります。
それだけ重要なこととして、遺伝子に組み込まれているということになりますね。

鬱病に苦しめられている方なら、わかるかと思いますが、鬱はある日突然発症するわけではありません。
まずは小さな芽が生えて、根を張り、気が付けば絡みついている病気です。
その種は、こんな風に本能と行動が逆走するときに撒かれるのです。

今あなたを苦しめている嫌な思考回路は、この種が育ち、病気となったからこそ現れている症状です。
あなた自身に問題があるわけではなく、病気なのだということ。
病気の原因は、本能と深くかかわっていて、避けるのがとても難しいということ。
そして、病気である以上、治療によって必ず治るのだということを理解しましょう。
◆都シイタケについて。
このブログは、
今、鬱に苦められている方が、一瞬でも平穏な心理状態で過ごせたらーーーーという思いではじめたものです。
ご紹介している内容は、あくまでも自身の闘病生活を踏まえ、関連書籍を読み漁って得た知識となります。
私自身は、専門家や医師ではありません。


◆表現について。
文章には気をつけたいと思っているのですが、鬱病はとても繊細な病気です。文中で少しでも不愉快になる部分、心をざわつかせる表現がありましたら、それ以上は読み進めないで下さい。
不快な思いをさせてしまって、大変申し訳ありませんでした。


◆内容について。
病気の原因であるストレスへの理解から、鬱病の正しい知識。心と体の繋がり、体から鬱に働きかけるあれこれ、をはじめから順を追って記事にしていきます。


◆読み方について
初めてご覧になる方は、日付の古い記事から順番に読んで頂ければ嬉しいです。
このブログでは認知行動療法の要素を取り入れておりますので、各記事を単体で読むよりも、最初から順に読み進めて頂く方が、より鬱病への理解が深まり、冷静に自分の病状を把握できるかと思います。


◆更新について。
現在、2歳の息子の育児におわれ、こまめに更新することができません。
待つことは気持ちにご負担をかけてしまいますので、たまに様子を見に来て頂ければ嬉しいです。
病気になってしまう前、おそらくあなたは、とても辛い状況に耐えていたのだと思います。
現代病と呼ばれる鬱病ですが、ただ生きているだけでは人間そう簡単には病気になりません。
体を混乱させる環境で生きているのは間違いありませんが、「暑い」「眠い」「疲れた」などの、体の不快感だけでは、そこまでひどい状態にはならないからです。(度を超えている場合は別にして)

ご存じのように、この病気の原因、第一位は精神的苦痛です。

具体的にどんなことが起きたのか、それはわかりません。
ただ、あなたが繰り返し心にダメージを受け続けたことだけはわかります。
そして、それがあなたにとってとても辛く苦しい出来事だったということだけは、何よりも確かです。

この病気は、特定の条件に晒された人がかかるものではありません。
たくさん苦しんだ人がかかる病気です。
そして、苦しむことから逃げない人や、事情があって逃げられなかった人がかかる病気なのです。

鬱病は「心の風邪」とよく言われます。
でも、この言葉には誤解を招く作用もあります。
この世界には、同じ環境に居ても、風邪をひきやすい人、ひきにくい人がいますよね?
風邪をひきやすい人は、体力がない場合や、体が弱い場合、また単に自己管理をしていない場合などが考えられます。
逆に言うと、風邪をひきにくい人は、体力があって、丈夫で、自己管理に優れている人となりますね?
これをそのまま鬱病に当てはめないで欲しいんです。

風邪は丈夫ならひきませんし、予防もできます。
でも、心には丈夫という概念がそもそも当てはまりません。
まめにストレスを発散したり、トラブルを避けるなどの予防策はありますが、それでも避けられない問題が起きれば耐えるしかない時もあります。
「ストレスと忍耐の関係」でもお話ししたように、鬱病は心が弱いからかかるわけではないんですよ?
では、私たちは何故病気になってしまったのでしょうか?

これに関わってくるのが、思考の階層です。

例えばここに、Aさん、Bさん、Cさん、という人がいるとします。
3人は、同じ会社で、同じ上司の下に付き、同じ仕事をしていました。
そして彼らが、ある日、仕事で大きな損害を出し、上司にひどく怒られることになりました。
運が悪い事に、彼らの上司は感情的になりやすく、クドクドと長時間失敗を責めるタイプの人間だった――――と、言うことにしましょう。

Aさんは怒られながら思っていました。
「起こってしまったことを責めても意味がないのに。こんなに感情的な対応をするなんて、この人は上司として間違っている。」

Bさんも思っていました。
「どうして自分はあんな失敗をしてしまったんだろう。この人が怒るのも当然だ。なんとかしなくては」

Cさんも思っています。
「面倒なことになったな。早く終わればいいのに」

この3人の中で、一番鬱病になりやすいのは誰でしょうか?
答えはBさんです。
では、今後最も会社にとって、有益な人材になり得る人は誰でしょうか?
実はこれもBさんなのです。

思考の階層は、自分にとって都合の悪い事態が起きた時に明確になります。

まずAさんの場合。
Aさんは、都合の悪い事態が起きたことに気付き、向き合っています。
更に、上司とも向き合っています。
ですが、まず相手を否定することで、自分の心が負うダメージを軽減しているのです。
事態の把握と、自分の目線での思考ですから、Aさんの思考は二層構造だと思ってください。

続いてBさんの場合。
Bさんも、都合の悪い事態が起きたことに気づいています。
そして後悔しています。怒られて反省するという行動は、相手と向き合っている証拠ですよね?
さらにBさんは、相手の目線に立った思考もしています。
少々ややこしい話ですが、相手と向き合い自分を反省するというのは、Bさん目線の思考、上司の目線で思考するのは、人の目線を通して自分と向き合う行動と考えて下さい。
つまり、Bさんの思考はAさんより一つ階層の多い、三層構造ということになります。

最後にCさんの場合。
Cさんは、事態に向き合うだけの一層構造です。
相手に向き合うことも、自分と向き合うこともしていません。
もしかしたら、事態と向き合ってすらいないかもしれません。

こんな風に、思考の層が多いほど、受けるストレスは多く、発散しなければならないストレスも増えてしまうのです。
ストレスは受けた刺激への反応ですから、Aさんは怒り、Bさんは自己嫌悪、Cさんは面倒臭さを覚える反応が出ていますね?
これを外に出さずに、みんな内に溜めています。

Aさんはこの後、相手の愚痴を言うことで、溜め込んだストレスは発散できるでしょう。
Cさんは憂さ晴らしに少し遊べば大丈夫です。
でも、Bさんはどうでしょう?
人の視点に立つことができてしまう人は、時として自分以外何も責められなくなってしまいます。

このストレスを発散するためにはどうすればいいと思いますか?
否定で受けたストレスは、肯定でしか解消されません。
でも、失敗の後に自分を肯定することは、とても難しいのです。

真面目な人、一生懸命な人、考え込みやすい人ほど鬱になりやすいと言われているのは、こういうことです。
解消出来ずに溜まった歪みは、やがて体の機能を狂わせて病気に繋がってしまいます。

ですが、自己嫌悪というのは人が成長していくために欠かせない要素の一つでもあります。
事態と向き合い、人と向き合い、自分と向き合う。
そうしてたくさん向き合ってはじめて、人は同じ失敗をしなくなりますよね?
今よりもっとたくさんのことができるようになりますよね?
誰よりも必死で環境に適応し、自分を変えようとしている人、成長していける人は、一番鬱病になりやすいBさんなんです。

こんなブログにまで行きあたってしまったということは、多分あなたは病気になっても尚、自分を変えて病気を治そうと頑張っている人だと思います。

でも、頑張ることって、悪い事じゃありませんよね?
この3人の中で、一番友達になれそうな人は誰ですか?
頑張っちゃう人は、損ばかりでも頑張っている人を好きになってしまう気がします。

Bさんは何も間違っていません。
それでもBさんが病気になってしまうのなら、問題があるのは環境です。
社会が悪いなんていう極論ではありません。
居心地の悪い場所に身を置き続け、うまく逃げられない状態というのが大問題なんです。
まずは、頑張って病気を治そうとしている自分が、何も間違っていないことを確認してください。

次の記事は「逃げない」ということが、どれほど生命にとって負担になるか。
それが、どれほど大きな鬱病の原因になっているかをお話したいと思います。