自分で癒す
遅い時間の更新となりました。
今日は、私が所属している文章サロン「ふみサロ」での課題を投稿します。
「ふみサロ」では毎月課題本が出され、その本からインスパイアされたことをエッセイにする、というコミュニティです。
このエッセイがなんともう2冊の本になっています❣️
このブログの一番下にリンクが貼ってありますので、ぜひご注文お願いします🙇♀️
さて、今月の課題本はこちら。
この本を受けて書いたエッセイがこちら。
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失敗から学ぶ
大森奈津子
教室は間違うところだ
これは、私が教員だったころ、よく読み聞かせをしたり、音読の宿題に出していた、私のお気に入りの詩だ。
みんなどしどし手をあげて
まちがった意見を言おうじゃないか
まちがった答えを言おうじゃないか
今の世の中、SNSの発達などで意見は言いやすくなったのかもしれない。意見が言えるようになったのはとてもいいことだと思う。
まちがうことを おそれちゃいけない
まちがうことを ワラっちゃいけない
まちがった意見を まちがった答えを
ああじゃないか こうじゃないかと
みんなで出し合い 言い合う中で
本当のものを見つけていくのだ
そうしてみんなで伸びていくのだ
今の世の中、問題があるとするなら、意見を言いっぱなしで、対話になっていないところにあるように私はいつも感じている。
批判をするのは簡単、だったらそれを改善するにはどうしたらいいのかまで考えて、初めて話し合いになる。
いつも正しくまちがいのない
答えをしなくちゃならないと思って
そういうとこだと思っているから
まちがうことかこわくてこわくて
手も上げないで小さくなって
だまりこくって時間が過ぎる
間違いを恐れるようになるのは、むしろ大人になってからなのかなと、ふと思った。
周りの評価が気になり出したり、責任感から自分へのプレッシャーになったり。
失敗を認めるのが怖くなった時、どんどんと負の連鎖反応が加速してしまうような気がする。
いかに早い時点で失敗を認め、オープンにして、助けを求められるか。
まちがっていることがわかればよ
人が言おうが言うまいが
おらあ自分であらためる
人間誰しも完璧ではなくて、そんな人間同士が暮らしているこの社会。失敗が全くなくなることもない。でも防げる失敗は多くあるはずで、それは失敗から学ぶしかないのだ。人間は失敗があるからこそ、進歩する。
そんな教室作ろうやあ
私は、人間の失敗を糧にする力を信じたい。
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*青字部分は、蒔田晋時「教室はまちがうところだ」より引用
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