リモートなどには縁のない私でも 生活が大分変わってしまった。
1年前の私はサブスクを検索程度にしか使っていなくて 気に入った曲はCDを買って聴いていた。
それが今では ほとんどサブスクで聴いている。
聴きたい曲のアルバムをCDやレコードで持っていたとしても 簡単に聴けるサブスクを利用してしまう。
CDとサブスクでは音の違いがほとんどないからだ。
だから好きなバンド以外はCDを買わなくなってしまった。
しかし 最近また COVIT-19の影響でライブができないバンドやミュージシャンのことを考え 気に入った曲があれば レコードで買うようにしている。
サブスクを利用するようになって 曲の聴き方が変わった。
CDを聴いていた時は繰り返しアルバムを聴いていたが サブスクで聴くようになると 気に入った曲があれば お気に入りに登録して聴く。
登録する際は曲と曲の繋がりを考えながら登録する。
仮に気に入った曲があったとしても 前後の繋がりが合わなければ登録しない。
お気に入り登録した曲は 自ずとオリジナルのMIX TAPEになるという訳だ。
だったらプレイリストを作ればいいじゃないかと思われるかもしれないが プレイリストはなんだかテーマを決めて作らなければならない気がして 腰が上がらない。
気に入った曲が収録されているアルバムは 一通り聴いてはいる。
しかし 持っているCDしか聴けなかった時はアルバムを隅々まで注意して何回も繰り返し聴いていたのに サブスクで聴くようになったら 数回しか聴かなくなった。
なんだかミュージシャンに申し訳ない気持ちになる。
しかし そういう考えは 古いのだろうか。
ミュージシャンも今の時代は単曲で聴かれることを念頭に アルバムに重きを置いている人は少ないのだろうか。
そんなランダムな聴き方をしていると オススメで 今まで聴いたことのなかった国のバンドの曲が 耳に入ってくる。
自国での人気が20位前後って 日本でいうとどんな人たちに当たるのだろうか。
紅白に選ばれなかったけれど 無名ではない…というような位置づけだろうか。
そんなローカルなバンドにサブスクを通して出会い 私が好きで聴いてきた曲と共通点を見出した時には 全然知らないバンドなのに 急に親近感が湧いてしまう。
遠い異国のバンドなのに日本のバンドのような近さを感じる。
これは サブスクをやって良かったことの一つだ。
自分のお気に入りに登録した曲を見てみると 朝にも聴けるように ハード過ぎるのは避けているが ジャンル的にバラバラで統一感がない。
どんな曲が好きか聴かれても困る。
その時々で聴きたい曲が変わるからだ。
例えば ソウルが好きでソウルばかり聴いていたかと思えば 歌詞が重く感じて全く聴かなくなったりする。
一つのジャンルに絞れない。
ジャンルに絞れないのは ファッションやアートにも共通して言えることだ。
だから 時々 自分の好きなものはこれです と言える人や傍目から見てわかる人は凄いなと思ってしまう。
統一感があって 羨ましい。
今日 YouTubeで偶然流れてきた LONDON NITEでおなじみ 大貫憲章さんのインタビューを見た。
憲章さんのLONDON NITEは 20歳くらいの頃に Next21の裏手にあった 今はなきODOでやった時と 東京に遊びに行った時にCAVE(だったと思うけど LONDON NITEじゃないイベントだったかも…)でやった時に行ったことがある。
インタビューが行われた場所は 憲章さんのレコード部屋だった。
ぎっしり詰まったレコード棚に細野晴臣さんのHOSONO HOUSEが目立つ位置で鎮座。
憲章さんは ロックもソウルも和ものもオールジャンルかける人という印象だったけれど レコード部屋を見たら まさにその通りだった。
憲章さんはゴダイゴのライナーノーツを書いたことがありますよねと 憲章さん好きのインタビュアーの方が聞いていたが 私にはそういうファンだったら色々なことを知りたい という心理があまり働かない。
好きな曲が収録されたアルバムは 聴くけれど それで満足してしまう。
だから本当に好きな人がいう 好き には及ばないと感じていて おこがましさから 普通と答えている。
憲章さんは色々なジャンルの曲を聴くけれど 造詣が深い。
何事も 広く浅くな私は サブスクの利用で ますます 広く浅くが 加速しそうだ。
映画やドラマもサブスクを利用するようになった。
今日見た「RGB 最強の85才」。
最高裁判事に ルース・ベイダー・ギンズバーグとは考え方が真逆の同僚がいるが その同僚とは親友だという話は 興味深かった。
昨年末にネット配信された 小沢健二さんの「キツネを追ってゆくんだよ」を思い出した。
人と人は違うものなんだよ 元から違うものとして見て お互いを認め合わないとだめなんだよ 違う人を排除してはダメなんだよ という話があった(と思う)。
ルースのような人は本当に稀だと思う。
多くの人は 実際に考え方が真逆だと 意見の違いを引きづって その人の本質まで見ないで距離を置きたくなってしまうと思うのだ。
小沢健二さんは「キツネを追ってゆくんだよ」で主観についても語っていた。
同じ本を読むにしても 同じ映画を観るにしても 同じ音楽を聴くにしても 読む人 観る人 聴く人の主観で行われるから感じ方も違って当然なんだよ という話があった(と思う)。
こんなことをネットに書き込んでいる私だが ネットに対しては 少し意識過剰になっている。
SNSを主観的に見ているからだろう 時々 SNSの内容を勘違いしてしまうことがある。
ネットで検索したことや YouTubeやSpotifyで聴いた曲 iPhoneで撮った写真などが どこかで漏れているのではないかと思うこともある。
だから 意識過剰になっていると思う時は 現実をみようと試みる。
だけど 克服したと思っても 完全には克服した訳ではなくて 同じことを繰り返す。
ネットは利用しても 溺れてはダメだ。
現実をきちんとみないといけない。
最近は そんなことを自分に言い聞かせている。
