今年やりたいこと | 京庵 庵主miyakoはんの日々のたわごと

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カフェ話、ピースな話、イベントのお知らせ諸々、
活動のいろいろを戯言のように。。

毎年毎年、やりたいと思いながら

ずーーーーっと、繰り越してやれないままになっていることも

多いなぁ、、と、感じるのですが、

それって、優先順位の中に、自分が意識して

あげていないんだろうな、とも感じて、反省しています。

 

それでも、私は随分、

自分の好きに生きさせてもらっている方だ。

という自覚はしていて、

両親だとか、家族に本当に感謝もしています。

 

そんな自分の日常に対して、それで、満足度が高いのか?

と振り返ると、

好き勝手にしているクセに、そのあたりはそうでもなくて。

苦笑

 

とっても贅沢な感じはするものの、

どうすれば、

好きなことをやりつつ、

自己満足度の高い日々を送れるのか!?

を、今年は考えてみようと思ったりしたのですが、

 

そもそも、

「自分の人生はすべて自分が決めている」

 

という自覚なしに、

人々は日常の些細な判断・選択を繰り返していると思うのですが、

それがよく言う「前提」がどこにあるかによって、

無意識のチカラで、自分を在るべき方向

(潜在意識の向いている方向)へと導いているのだな、

ということを、改めて感じたというか、実感した思いです。

 

というのも、ちょうど映画祭の前に、

実家へ戻って京都のワールドシフトフォーラム

ボランティア運営に参加してきたのですが、

そのタイミングに、お友達の千晴さんから

リコネクションを受けました。

(興味のある方はぜひお読みください。一生に一度でいいヒーリングです。これは、タイミングと出会いのものですね。

http://harmony-club.jp/

 

その時に、ふと、私自身が何にとらわれていたのか!?

に、気づいたのですが、

その感覚が、だんだん、ジワジワと自分のものになりつつあって、物事の判断基準の中で、

無意識に自分が選択し、向かって来た道のりのおかげで、

いまいち、自分の顕在意識の中で思っているのと

違う現実が目の前にあるなぁ、、と、感じていたのでは?

と、思い始めました。

 

これはもしかすると、とても大切な感覚かもしれないので、

ちょっと長いですが、ちゃんと書き留めたいと思います。

こーした感覚のログを残すのに、どこがいいのか?

とは思いながら、ひとまずブログに。

 

私の場合、生まれてからの経験の中で

いつしか、主役は他にいて、自分は裏方で、

誰かのためになる人生であればいいな。

と、本気で思って来ました。

それがために、今も、社会貢献とか、文化維持への貢献だとか

そういったものに、少しでも力になれるのなら、

というのが、やりたいことの指針であり、

自分を動かす動機になっています。

 

どうせ命の限られた時間を費やすのなら、

せめて少しでも、何かのためになる自分でいたい。という。

 

ただ、視点のズレが生じていたことに、

ほんのり気づき始めました。←

(まだ「ほんのり」!?というね)

 

よく、人生において、誰もが主役で在る。

 

と、言いますが。

多分、そこの思考がズレていた感じがしています。

 

見た目の主役脇役

お芝居などであれば、とてもわかりやすいかもしれません。

学芸会で主役になるのは、物語の主人公です。

 

けれど、ちょっと視点を変えると、

その物語の中には、アナザーストーリーが目一杯詰まっていて、

そこに立っているだけの「木」の役にだって実は、

その「木」が主役のストーリーがあり、

出会って挨拶するだけの、「村人A」にだって、

その人を主役としたストーリーが存在する。

 

客観的によくわかってはいても、そこで私は

「裏方A」であり、そのスクリーンやスポットライトの下には

そもそも居ない。と、度外視していたのかもしれません。

 

というか、自分の目の前に広がる全ては、

私の視点から見えているので、

自分以外の全てに主役は存在していたとしても、

そこに「自分はいない」

 

存在していなかったのかもしれません。

昔、聞いたことのある話で、

自分の姿を見たことのない民族の人が、

写真か鏡かを見て、

「お前居る、俺居ない」と言ったという話。

 

相手の外見は見たことがあるので、見たものの中に

その人が存在するということはわかるのだけれど、

自分の姿を客観的に見たことがなかったがために、

そこには「知らない人物」が居るだけで、

それが「自分」だとは思わなかった。

 

というお話ですが、まさにそんな感じ。

そこに自分も居て、と、いうことは、

私が主役の物語も、確実に存在しているということ。

 

まるで当たり前のことなのに、何を言っているのか!?

という感じですが、

無意識の刷り込みなので、

自分が「知っている」のと、気づかずに「思い込んでいる」

ものとの相違があったのに気づいた、っていう感覚です。

 

出会って来た不思議なお友達からの言葉や、

占い、診断、各種のメッセージを通して、

大げさに「あなたは主役よ!」「中心で輝く存在なのよ!」

と、伝えてもらって来たのは、

いつまでも勘違い視点を持ったままの私に

気づかせてくれるためのヒントだったのかもしれません。

 

裏方であれ、どこで何をしているにしても、

その存在を中心とした物語は存在していて、

いつでも、生まれてからずぅーーーーーっと、

自分は主役で在り続けて来ていた。

 

ということに、気づくか気づかないか、

だけでも、選択肢や感じるものが変わるという、

不思議な感じがしているのですが、

実際、そうなんだろうな、と、思っています。

 

ウェルスダイナミクスの診断で、例えば私は

「スター」プロファイルなのですが、

スタープロファイルだからと言って、何もそれに該当する人がすべて、芸能人だとか、人気講師だとか、

表に立って目立つお仕事をする人ばかりではないわけですし、

それこそ、映画監督であるとか、脚本家であるとか、

いわゆる「裏方」な職業の所属であっても輝いている人はいるわけです。

監督や脚本家はそれでも、名前の有名な人は芸能人っぽいイメージかもしれませんけれども、

照明技師さんであったり、録音、カメラマンであったって、

アカデミー賞を受賞したりするわけです。

今回の特殊メイクの方なんかもそうでしたね。

 

ただ、その例えであっても、

必ずしも、職業の所属でもなく、また、表彰されると言った、華やかな場があるとか言うのでもなく、

ただ、日常の中で輝いている存在の人っていうのは、いくらもいるんですよね。

 

それが、いわゆるスタープロファイルの特性を、ちゃんと活かしているっていう存在なんじゃないかなぁと感じています。

 

多分、私はそのあたり、発揮しておらず、というか、

自分が自分の物語の中で、主役として存在しているという意識がなく。

発揮するもなにも、ただ、他の人の光を受けて、影を発するくらいのものだと思っていました。

そこにあるから、影ができるだけの存在。くらいに。

 

けれど、実はそのあたりが、自分のこれまでの認識とは違って、

影を発するだけでなく、

自ら輝いているのかもしれないし、誰かの光を受けて、

ちゃんと月のように、輝きを返しているのかもしれない。

 

そのあたりの可能性、というか、誰でもに当たり前に存在する

主役としての視点。があれば、

何を選択しても、どんな結果が起こっても、

自分を主人公として進んでいる物語の中のエピソードとしては

また違った捉え方に感じられるのかもしれないし、

他の誰かのためだけでもなく、

主役である自分のために、自分を活かして誰かのためになる

そんなエピソードの紡ぎ方もできるんじゃないか!?

と、恥ずかしながら、今頃になって感じている次第です。

 

そんなこんなを踏まえて!?

 

今年もまた、やりたいと思っていること。

 

・チャリティーファッションショー

(数年前に計画し、実行できないまま来たので、今年こそ!)

 

・北海道でのザ・デイ・アフター・ピース上映会

(去年、企画しかけてできず。。)


・地雷除去カーの購入、提供ファンディング

(数年前から考えつつ、高額なのでまだ実行案が出せず。。)

 

・お店をやっていた頃に決めた、被災地の支援の続き

(昨年は個人の寄付的なことしかできず。。被災してから長い場所には、新たな支援の形が必要だし、新たな被災地には、あらゆる支援が考えられるだろうし。。)

 

・書きかけの脚本を仕上げる

・動画アプリのお勉強

・ドローンを飛ばせるようになりたい

・民泊活用

 

諸々、細かなことはあるけれど、

支援拡大のキッカケになるようなイベントは、やっていきたいなと思っている次第です。

 

先日放送された、いつも応援している、

NPO法人テラ・ルネッサンスさんの取り組み。

 

明日 世界が終わるとしても

私は今日 りんごの木を植える

 

私の好きな言葉です。

私もそうで在りたいと思っているのですが、

他にも数々のNPO法人が、世界のあらゆることに手を差し伸べて、平和的解決のために尽力してくれています。

 

私は日本に生まれただけで、恵まれている。

と、感じることが多いので、

私たちの日常の中の楽しいことで、

世界のどこかの誰かのためになる、そんな循環を

今年も、ひとつでも作れたらいいなと感じています。

 

長々になりましたが、最後までお読みくださった方、

ありがとうございます。

 

実現した際には、ぜひ、ご一緒に。