新型コロナウイルスがまん延する中、除菌用アルコールが手に入らなくなった。代替品として次亜塩素酸が注目された。しかし、次亜塩素酸水と次亜塩素酸ナトリウム水溶液のどちらを使えばよいのか、何が違うのか、混乱した。今後くるかもしれない第二波に備えて、現時点での見解をまとめてみた。
次亜塩素酸を化学式で書くとHClO、次亜塩素酸ナトリウムはNaClOだ。H(水素)とNa(ナトリウム)が違うだけ。これらは水溶液中でどう存在しているのか?高校時代の化学に戻ってみよう。
次亜塩素酸は酸性溶液中ではHClO、アルカリ性溶液中ではClO-イオンの状態で存在する
水溶液中で次亜塩素酸がHClOの中性分子の状態で存在するか、ClO-イオンの状態で存在するかは溶液のpHに依存する。その割合を正確に知るためのものが以下の図だ1)。ちなみに、pHとは水溶液の性質をあらわす単位のひとつで、pH7がいわゆる中性、それより数値が低いと酸性、高いとアルカリ性と呼ぶ。
図2 pHの異なる水溶液中でのHClOの存在比1)
この図より、あるpHの水溶液中にどのくらいのHClOとClO-が存在するか計算できる
例えばpH5の次亜塩素酸水に強アルカリ性の水酸化ナトリウム水(NaOH)を加えていくと、pHが上がっていき、次亜塩素酸ナトリウム水溶液となる。水酸化カリウム水(KOH)を加えれば次亜塩素酸カリウム水溶液だ。上図より、pH5では次亜塩素酸のほとんどがHClOでありClO-イオンはほぼゼロ、pH8ではClO-イオンが主に存在していることがわかる。従って、pH5の次亜塩素酸水を使った場合はHClOが、pH8の次亜塩素酸ナトリウム水溶液では主にClO-イオンがコロナウイルスをアタックすることになる。
ここで、コロナウイルスの構造を確認してみよう。
図3 コロナウイルスの様子。左が電子顕微鏡写真、右が概念図2)
コロナウイルスはエンベロープと呼ばれる丸い殻の中に一本鎖RNA(遺伝子)が入った構造をしている。エンベロープの表面には突起状のタンパク質が飛び出ていて、この部分がヒトの細胞に結合し、感染していく。コロナウイルスを殺菌するためには、エンベロープ、RNA、突起状タンパク質のどれかを壊せばよい。一般にタンパク質やRNAは熱に弱いので、100℃の熱湯で処理するとこれらは壊れるはずだ。また、界面活性剤も、濃度や作用時間によるが、エンベロープやたんぱく質の構造を壊すことができる。
では、HClOとClO-はどのようにしてウイルスを攻撃するのであろうか?三重大学の福﨑智司教授は細菌に対するHClOの殺菌作用として以下のメカニズムを提唱している。HClOは膜を透過して遺伝子などを攻撃する。一方、ClO-はイオン性が強いために細胞の中に入ることができず、細胞表面で作用するというものだ。恐らくコロナウイルスに対してもこのメカニズムが当てはまるのではないか。
図4 HClOとClO-が細胞を攻撃するモデル図1)
HClOは細胞の中まで入れるが、ClO-は細胞の外で主に作用する
今年4月2日の国会質疑で厚生労働省はコロナウイルスに対する物品の消毒には次亜塩素酸ナトリウム水溶液と消毒用アルコールが推奨できると答弁している。この時点で次亜塩素酸水を使用して良いかどうか明らかにしていなかった。その後6月26日に、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)が実施した実験結果が公表された3)。それによると以下のものが消毒用アルコールの代わりに有効であると判断された。
・次亜塩素酸水(有効塩素濃度35ppm以上)
・ジクロロイソシアヌル酸ナトリウム(有効塩素濃度100ppm以上)
・直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(0.1%以上)
・アルキルグリコシド(0.1%以上)
・アルキルアミンオキシド(0.05%以上)
・塩化ベンザルコニウム(0.05%以上)
・塩化ベンゼトニウム(0.05%以上)
・塩化ジアルキルジメチルアンモニウム(0.01%以上)
・ポリオキシエチレンアルキルエーテル(0.2%以上)
・純石けん分(脂肪酸カリウム(0.24%以上)
・純石けん分(脂肪酸ナトリウム(0.22%以上)
実験ではまず、新型コロナウイルス培養液と色々な濃度の次亜塩素酸水を混ぜ、室温で20秒から5分保持し、ウイルス活性を分析している。例えば国立感染症研究所の結果では、有効塩素濃度が50ppmの次亜塩素酸水をウイルスに20秒間作用させることで99.9%のウイルスが不活化された。NITEは35ppm以上の次亜塩素酸水は新型コロナウイルスの除菌に有効であるとしている。
今回の報告で興味深いことは、次亜塩素酸水以外に、例えばアルキルアミンオキシドや塩化ベンザルコニウムなどでも効果があるということだ。『かんたんマイペット』や『バスマジックリン』などの成分である。
加湿器のような空間噴霧器による次亜塩素酸水の使用に関して議論が続いている。政府は「人が吸入しないように注意してください。人がいる場所で空間噴霧すると吸入する恐れがあります」「空気中の浮遊ウイルスの対策には、消毒剤の空間噴霧ではなく、換気が有効です」などと発表している。一方、次亜塩素酸水の噴霧器は既に販売されていて、使用している人もいる。他のウイルスや細菌を用いた実験は行われていて、それらの結果を総合すると政府の発表は間違っていると、業界団体は指摘する。今回のNITEの報告は噴霧式による実験結果ではない。学校や福祉施設などで噴霧式を使用した場合に、新型コロナウイルスへの効果と人への安全性が担保されているのか、直ぐには理解ができない。
NITEの実験結果により、次亜塩素酸水を消毒用アルコールの代用品としてコロナ対策に使用できることがわかった。一方で、次亜塩素酸ナトリウム水溶液は既に使用が推奨されており、これは『ハイター』などを薄めて自宅でも簡単に利用できる。以前、作り方の動画を作製したのでご覧頂きたい4)。以上より、次亜塩素酸水も次亜塩素酸ナトリウム水溶液も共にコロナ除菌に有効ということだ。使用方法の詳細を確認のうえ、安全に感染予防して頂きたい。
1) 福﨑智司 日本食品微生物学会雑誌26 (2), 76-80, 2009
2) ウィキペディア(Wikipedia):フリー百科事典
3) 独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)が実施した実験結果
4) 家庭用漂白剤を使用した家庭用消毒液の作り方
5) 政府ポスター
【新型コロナウイルス対策】身のまわりを清潔にしましょう。
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000645359.pdf
【新型コロナウイルス対策】次亜塩素酸水を使ってモノのウイルス対策をする場合の注意事項
https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200626013/20200626013-4.pdf
【新型コロナウイルス対策】ご家庭にある洗剤を使って身近な物の消毒をしましょう
https://www.meti.go.jp/press/2020/06/20200626013/20200626013-3.pdf