99年の永輔とジェフ
前回の記事に永輔さんのことを書いたので、これからも永輔さんの事を書いていきたいと思います。
まず今回は、99年のジェフと永輔の事ついて。99年、この年はジェフが一番大変な時期だったと個人的には思う。ファンにとっても、もう毎試合ハラハラする展開だった。
この大変な時期に永輔は、キャプテンに就任する。その当時のジェフは非常に若い選手が多く、オリンピック代表候補の選手など有望な若手が数多くいた。
しかし、チームとしてなかなか機能する事は難しく開幕から最悪のスタートを切るようになる。
ファーストステージは勝ち星がなかなか得られず、内容も悪い試合が多かった。セカンドステージに監督が変わると、なんと永輔がフォワードとして試合に出ることが多くなる。セカンドステージからフォワードに転向して年間9得点挙げる活躍をみせる。
ほとんどの得点がセカンドステージでの得点だった為、ファーストステージからフォワード起用されていれば得点ランク上位に食い込んでいた事は間違いないなかったと思う。
チームはセカンドステージに入り、内容のいい試合を見せることも数多くなる。しかし、ロスタイムで同点にされて、負けてしまったりする試合や内容がいいのに勝てない試合が本当に多かった。
なかなか運に恵まれないで本当に本当に悔しい思いをしたのを思い出します。
そしてチームのJ1残留争いは、最終節までもつれこみ、なんとか残留しました。
この年、1番チームに貢献したのは、永輔だと思います。永輔をフォワードに起用していなかったら、本当に残留できなかったと個人的に思う。永輔の決定力がチームを救ってきたと思う。
しかし、そのオフ、永輔にマリノスや他チームのオファーが殺到する事になる。その当時のジェフは本当に資金がなく永輔自身も本当に低待遇の条件を受けていた。そこに高待遇のオファーが来た為、自分ももしかしたら行ってしまうんじゃないかと心配していたのを覚えている。誰でも高待遇で優勝争いするチームに行きたいと思うのが普通だと思う。しかし、永輔は低条件のジェフに残ってくれた。その当時の暗黙期のジェフの中で永輔が残ってくれることがジェフファンの救いでした。それから毎年毎年、永輔が残ってくれるか、ジェフファンとして心配していました。
永輔さん
永輔さんがブログを始めた
永輔ファン暦10年の自分にとっては本当にうれしい。
日本で1番能力が高かった選手だと思う。
爆発的なスピード、脅威のジャンプ力、小柄ながらその身体能力で相手を封じてきた。
相手のキーマンを1人でマークして完封する事もたくさんあった。
得点感覚も抜群で前線に上がれば何かしてくれるという期待もあった。
特に外人監督や外国人選手に評価が高く、元ブラジル代表のエジムンドや元エスパルス監督のぺリマンが絶賛していた。
しかし、能力があるのにも関わらず代表に選ばれることはなかなかなかった。
98年から00年はジェフが暗黙期でチーム事情が悪くなかなか注目されなかった。
なんで永輔が選ばれないんだろうと考えた事もたくさんあった。
ジェフじゃなく他のチームに行けば注目されるんじゃないかと思ったこともあった。
しかし、永輔はジェフに残り必死に戦った。他のチームの高条件のオファーをひたすら断って低条件のジェフに残ってくれた
他の主力選手が他のチームに移籍するなかで永輔だけがジェフに残ってくれた。
ジェフファンの自分にとって本当に救いで永輔を胴上げする為に応援した。
しかし、2003年オフ、ジェフを解雇される。本当にやりきれなかった。本当に悔しかった。
フロントを本当に憎んだ。
ジェフの一サポーターとして永輔さんをこういう形でしか送らせてあげることができなかったのは本当に申し訳なく思った。永輔さんに感謝の気持ちを是非伝えたかった。
永輔が抜けてからジェフは、ナビスコカップを優勝したり注目されるようになった。
もう少し早ければ永輔と優勝を味わえたかもしれない。
永輔に楽をさせてあげれたかもしれない。
今のジェフがあるのは永輔のおかげだと思う。
もう引退してしまったけど、永輔さんに直接お礼がいいたいです。
