先日、「認知症患者の徘徊予防に使えそうなITがあれば紹介してほしい」という相談を受けました。仕事柄か、相談を持ちかけられるのはスゴク多いのですが、実はスゴク苦手です。振り返ってみて私、人から相談を受けるには、自分に正直すぎるのかも、と思いました。今日も「またもや上手く答えられなかった」という話です。
まずは、正答を。徘徊しがちな方が利用できる、位置確認のサービスとしては、以下のものが著名です。
イマドコサーチ
http://www.nttdocomo.co.jp/service/location/imadoco/
ココセコム
http://www.855756.com/
http://www.855756.com/aged/
で、知ってはいるのですが、人にはあまりおすすめしてません(いやいや、営業妨害ってわけじゃじゃないです! 関係者の方すみません!)。

そもそも私、そのようなITの利用法は、あまり好きじゃないんです。利用者(当事者)のための、IT活用に、本当になっているのかが疑問だからです。
例えばこのブログも、ブログ講習も、学び、楽しみ、何かできるようになれるのは利用者、本人自身です。それに対して、「管理的」「監視的」な利用も、ITの本領そのものではあるんだけど、監視されている本人のためになっているかどうかは、わからないでしょ? 何か本人ができるようになっているワケじゃないですし。
こういうとき、正直に言っちゃうんですよね・・・自分。「そういうITサービス、あることにはありますけど、本当に必要ですか?ご本人のためになりますか?」って。
そこからはいつもどおり(?)、説教くさいいつもの私の語り口、オンステージって感じです。認知症の方への拘束が否定されるようになった現在、あらたにITで縄を付けるような事でよいのか。機械での情報収集ではなく、周りの人や繋がりによる見守りがいいんじゃないか。地域で生きられるように、とか・・・「仮に自分がネットの縄を付けられたらどう思いますか?」とまで言ってました。相談者「でも、そういうサービスはあるんですよね。」
バカ私「ええ。でも繰り返したように、そういうITの使い方が良いのかという問題が大事なんです。」
相談者「そのサービスって、どうすれば申し込めるんですか?」
バカ私「Docomoショップでもどこでもいいんですが、大事なのは・・・」
相談者「もっと早く知ってればよかったな。」
バカ私「いえいえ、もっと当事者中心に考えた支援体制をつくってからでも遅くはありません。」
相談者「でも、結局、後の祭りなのかしれませんけど。」
バカ私「・・・後の祭り・・・?」
相談者「実は僕の祖母、一週間前から行方不明なんです。」
バカ私「・・・・・・。警察には?」
相談者「その日の夜に届け出てます。市役所の人も一生懸命探してくれてるんですけど。徘徊がひどくなって、以前も何度か居なくなっていて、そのときは朝までには見つかってたんですが。ああ、もっと早くそういうサービス、知ってればよかったなあ。」
バカ私「・・・それは、ちょっと心配ですね・・・。」
相談者「ええ、僕も心配で寝られなくて。今日も今から探しに行くんです。でも、先生に相談してよかった。祖母が帰ってきてくれたら、さっそく申し込みます。」
バカ私「・・・ちょうどこの前、セコムのカタログをもらっていたので、差し上げましょう。Docomoさんも担当の連絡先を紹介します・・・。」

・・・相談対応は、本当に難しい。
いや、自分がアホなだけなのか・・・
現場での、現実と理想とのギャップ。でも、どちらも折らずに、折り合いを付けなければならない。
省みると仙台でも、宮城UPをやっていた3年間も、その連続だった気がします。