大分遠征前にあれもこれもと、忙しくしています。
若干更新ペースも乱れ気味ですみません。

さて先日、UDについていろいろ教えてもらっている飲み友達(ていうか先輩)
で、JBMIA http://www.jbmia.or.jp/" target="_blank">(ビジネス機械・情報システム産業協会)でご活躍の方(リコーにお勤めです)から、事務機器の情報アクセシビリティISO/IEC 10779がこの6月に発行したことを、教えてもらいました。
ISO/IEC 10779:2008 Information technology --
Office equipment accessibility guidelines for elderly
persons and persons with disabilities
http://www.iso.org/iso/pressrelease.htm?refid=Ref1148
詳しくないんですけどISOについては以前取り上げたことがありますが、このISO/IEC10779は、JBMIAが中心になってつくったJIS(日本工業規格)がもとになっている、いわば「日本発の国際規格」なんです。こういうシーンで日本がリーダーシップを発揮できるというのは、基本的にはとても良いことだと思います。

でも、宮城UPには関係ないだろうって? 実はそんなことはないんですね~。
(1)ISO/IEC10779はオフィス機器、特にコピー機やFAX複合機などを包括しています。つまり、障害者・高齢者でのオフィスでの就労環境に大きな影響があり、つまり障害者雇用にも影響を与えるのです。
(2)最近はプリンタも複合機タイプが増えていて、使っている人も多いと思います。その面でも私たちに深く関係があります。
そして・・・
(3)この元となったJIS策定のためのJBMIAの仙台視察団を、宮城UPの元となったネットワーキング「太白地域支援ネットワーク会議(ばざーる太白)」で受け入れたことがあるのです。2005年の2月でした。仙台市障害者ITサポートセンター(東北福祉大学)の視察→太白障害者センターでの「ばざーる太白・中途視覚障害者シンポジウム」の参加→飲み会→国立西多賀病院・西多賀社会訓練センターでのヒヤリングといった、一泊二日の強行スケジュールでした。
その後、いろいろな団体の視察を受け入れましたが、JBMIAさんの視察が一番印象に残っています。視察でシンポに参加してもらって勉強し合う、という企画がお互いおもしろかったと思うし、まだ、宮城UPが正式にはじまる前で、とても大変な時期だったから、というのもあります。懐かしい・・・

実はこの視察の過程、コーディネータである私は半分ぐらい同行していないのです。ちょうど当日、マイクロソフトに新宿に呼び出されていたのです。なので、東京から福祉大まで同行して、その後を仙台側コーディネータにお任せし、東京にとんぼ返りして新宿に泊まり、朝一番に仙台まで戻り視察に(宮城バスで)案内するという、素敵な強行軍だったのでした。(行き届かないところがあり、JBMIAの皆さんにはご迷惑をおかけしました・・・m(_ _)m
新宿には事務局長に来てもらって、プレゼンを担当してもらいました。仙台では運営コーディネータ(当時)に踏ん張って対応してもらいました。で、私は行ったり来たり。自分抜きでも大がかりな視察ができた、という経験が、仙台-東京で分担して、宮城UPを遂行できるだろうという自信になりました。
そういえば、いずれ「宮城UP前史」=「NPOビートスイッチ設立過程」についても、語るときが来るのかな・・・自分も関わっていて、とても興味深い成立過程をたどっているので。
いろいろ、落ち着いたら、まとめてみたいと思います。
若干更新ペースも乱れ気味ですみません。
さて先日、UDについていろいろ教えてもらっている飲み友達(ていうか先輩)
で、JBMIA http://www.jbmia.or.jp/" target="_blank">(ビジネス機械・情報システム産業協会)でご活躍の方(リコーにお勤めです)から、事務機器の情報アクセシビリティISO/IEC 10779がこの6月に発行したことを、教えてもらいました。ISO/IEC 10779:2008 Information technology --
Office equipment accessibility guidelines for elderly
persons and persons with disabilities
http://www.iso.org/iso/pressrelease.htm?refid=Ref1148
詳しくないんですけどISOについては以前取り上げたことがありますが、このISO/IEC10779は、JBMIAが中心になってつくったJIS(日本工業規格)がもとになっている、いわば「日本発の国際規格」なんです。こういうシーンで日本がリーダーシップを発揮できるというのは、基本的にはとても良いことだと思います。

でも、宮城UPには関係ないだろうって? 実はそんなことはないんですね~。
(1)ISO/IEC10779はオフィス機器、特にコピー機やFAX複合機などを包括しています。つまり、障害者・高齢者でのオフィスでの就労環境に大きな影響があり、つまり障害者雇用にも影響を与えるのです。
(2)最近はプリンタも複合機タイプが増えていて、使っている人も多いと思います。その面でも私たちに深く関係があります。
そして・・・

(3)この元となったJIS策定のためのJBMIAの仙台視察団を、宮城UPの元となったネットワーキング「太白地域支援ネットワーク会議(ばざーる太白)」で受け入れたことがあるのです。2005年の2月でした。仙台市障害者ITサポートセンター(東北福祉大学)の視察→太白障害者センターでの「ばざーる太白・中途視覚障害者シンポジウム」の参加→飲み会→国立西多賀病院・西多賀社会訓練センターでのヒヤリングといった、一泊二日の強行スケジュールでした。
その後、いろいろな団体の視察を受け入れましたが、JBMIAさんの視察が一番印象に残っています。視察でシンポに参加してもらって勉強し合う、という企画がお互いおもしろかったと思うし、まだ、宮城UPが正式にはじまる前で、とても大変な時期だったから、というのもあります。懐かしい・・・

実はこの視察の過程、コーディネータである私は半分ぐらい同行していないのです。ちょうど当日、マイクロソフトに新宿に呼び出されていたのです。なので、東京から福祉大まで同行して、その後を仙台側コーディネータにお任せし、東京にとんぼ返りして新宿に泊まり、朝一番に仙台まで戻り視察に(宮城バスで)案内するという、素敵な強行軍だったのでした。(行き届かないところがあり、JBMIAの皆さんにはご迷惑をおかけしました・・・m(_ _)m
新宿には事務局長に来てもらって、プレゼンを担当してもらいました。仙台では運営コーディネータ(当時)に踏ん張って対応してもらいました。で、私は行ったり来たり。自分抜きでも大がかりな視察ができた、という経験が、仙台-東京で分担して、宮城UPを遂行できるだろうという自信になりました。
そういえば、いずれ「宮城UP前史」=「NPOビートスイッチ設立過程」についても、語るときが来るのかな・・・自分も関わっていて、とても興味深い成立過程をたどっているので。
いろいろ、落ち着いたら、まとめてみたいと思います。