こんな時間にブログUP
昨夜からなんとオールで残業中。ブラックだよなウチの会社は。。。病み上がりのオレに
完成検査書類を来週半ばに提出で忙しいさなかに・・・・・・
次の現場の施工計画書を早く出せと言われ・・・・・・あ~ぁ
寝ないで明日朝を迎えそうです。
復興工事に従事する私。現場は片づけを残し完成しました。約6億円の工事でした。
あの日から5年。遺族の方たちはきっと時間はとまったままなのではないでしょうか。
普通に『行ってきます』 『ただいま』 あと食事中の会話。
普段は何とも思わないことでしょうが、それが出来ることが『一番の幸せ』なんだと思います。
あの日・・・・真っ黒い波が町をあっという間にのみこみ・・・・・
隣の現場の同年代の所長が津波にのみこまれ・・・・
後日、現場事務所から遺体が・・・・花束を持って来た奥さんを見て・・・・辛かったです。
火のついた瓦礫やボンベが津波とともに迫ってくる恐怖。
街は一瞬にして姿をかえ・・・・現場近くの閖上の写真です。
6000人が住んでいた町は跡形もなくなってしまいました。
震災後は、自宅は停電・断水・ガソリンも食料も町から消えました。
携帯も充電できない。コメも炊けない。冷蔵庫にあるものを少しずつ家族で食べました。
ひっきりなしに鳴るラジオの緊急地震速報。子供達はきっと怖かったでしょう。
幸い職場は水道は使えたので、私たち技術者は現場で陣頭式をとり。
事務員さんはスーパーに並び職人の食料を確保。
職員でコメを持ち寄り、毎日事務員さんがオニギリを作ってくれて・・・・・
それを少し食べて家族に持ち帰る日々。
職場の水を自宅に持ち帰り・・・・・数日分の汚物を少しずつ流す。
風呂も全く入れなかったので、真水で頭を洗う。子供が冷たすぎて泣き叫んだのを覚えてます。
普通に生活できることに感謝しよう。
そして日々一生懸命に生きよう。
したくても出来なかった人がいる。
3.11黙祷していただければと思います。