「何で戻るんだよ」
今日は12月31日。大晦日。
時刻は20時をまわったところ。
の、母屋玄関。
僕は、これ何日分かな?ってぐらいの食材と今日の超豪華夕飯の残りと明日のためのプラスαを持たされて、じゃあねって挨拶をして靴を履いてたところで、追いかけてきて拗ねたように………っていうか、拗ねてるんだけど、言っているのは、ひとつ年下の弟、潤。
振り向いたら顔はそっぽを向いてて、その口が尖ってる。
分かりやすく拗ねてるなあ。
潤は昔から今も変わらずお兄ちゃん子。つまり僕っ子だ。
本当昔から『まー』って僕の後をついて来てて、一緒に居てあげないとそれはもう拗ねて拗ねて大変だったんだよね。
中学2年生ぐらいの時から、まーから雅紀呼びに変わっちゃったのが少し寂しい気もするんだけど、僕が大好きなことに変わりはない。
それは、6月に三男の和也………和が生まれてからも。
「あっちでしょーちゃんが待ってくれてるから」
「………連れて来ればいいだろ。年末なんだから」
「連れて来たらみんな緊張しちゃってゆっくりできないじゃん」
「………」
そう言うと、図星な潤がじろっと睨むみたいに僕を見てから俯いて黙った。
伝説級の『高位式』であるしょーちゃんの存在は、多少力があるって言っても中の上程度の『術者』である父さんや潤には恐れ多い存在だ。
しょーちゃんの力が実際どの程度で、本当の『主』さんが居ない今、どの程度までその力を使えるのか分かってないけど、それでもね。
多分だけどしょーちゃんは、僕の手乗りサイズのちっちゃい『式』たちなら、ふーって一息で消せるだろうし、潤の鵺はデコピンぐらいで消滅させることができると思う。デコピンまでしなくてもいいかも。
ちょんでぼん。
もちろんしょーちゃんはそんなことしない。
でも、しょーちゃんは伝説級の人型『式』。しかもその中でも絶大なる力、高位を意味する『赤』の『式』だ。
ここに居る誰もしょーちゃんに太刀打ちできなくて、本当の『主』さんも居ない。
もちろんしょーちゃんはそんなことしない。
でももし暴走なんかしたら。
って、思っちゃうんだよね。きっと。無意識のうちに。
敬意はあるけど畏怖でもあるってね。
そんな存在のしょーちゃんを連れて、我が家に来れるわけがない。
しょーちゃんだって、そんなの。
「それに、しょーちゃんは『僕の奥さん』なんだから、ほっといたらダメに決まってるでしょ」
「まだ言ってんの?それ」
「まだも何も、僕がしょーちゃんは『僕の奥さん』って決めたんだから、しょーちゃんに離婚を要求されるまで、僕の最優先はしょーちゃんだよ」
潤の不満は、今日が大晦日にも関わらず、僕がこんな時間に離れに戻ろうとしてることにだけじゃなくて、僕がしょーちゃんを『僕の奥さん』にしたことにもなんだよね。相談もなしに。
指輪をね、あげたんだよ。しょーちゃんに。僕の誕生日に。クリスマスイブに。薬指用に。
僕の手作りなその指輪は、実はちょっと………っていうか、だいぶ特別で。『術者』的に。
それが気に入らないっていうのもあるみたい。潤はね。
まあ、分かるけど。
普通に考えたら、おかしいし。
しょーちゃんは『式』で、人じゃない。なのにって。しかも僕の『式』じゃない。
でも、僕は決めたんだ。
実際に結婚することができなかろうが、潤がどれだけ拗ねようが。僕は。
きっかけは事故みたいなものだったけど。僕は。
「じゃあね、また来るよ」
俯いてる潤の頭をぽんぽんってしてから、おやすみって言って僕は母屋を出た。
外は雨が降っていた。
傘なんか持ってなくて、でも、ここでまた玄関を開けたら潤が居るかもって、きゃーってダッシュで離れに戻ると、離れにはぽつんとしょーちゃんが居た。
しょーちゃんは『式』だから、人ではないから、ご飯も食べないし眠らないし暑い寒いも感じない。感情も、どこまでを感じられるのか、感じているのか、僕には分かんない。
けどさ。
僕がただいまーって戻ると、部屋の中を、しょーちゃんのまわりをちょこちょこ動いてた僕の小さい『式』たちが僕のところに撫でて撫でてってやってくる。
これは、僕が帰って来たことを喜んでるんじゃなくて、『主』である僕に『気』を分けてもらうため。
なんだけど。
多少なりの喜びも感じてるって、僕は思ってる。
いいじゃんね?勝手にそう思うぐらい。
ただいまってひとりひとりを撫でてあげてから、部屋のすみっこに座ってるしょーちゃんのところにも。
今日は雨だから、屋根の上じゃないんだよね。
僕が雨が降って来たらうちの中に入ることってうるさいから。
決めたんだ。
しょーちゃんは『式』だけど、僕はしょーちゃんを人として見るんだって。
人として付き合うんだって。
だから、いくら濡れないからって、雨の中外に居るのを禁じたし、ご飯はあれだけど、お風呂も入ってもらうし、夜も布団に入ってもらう。
だから、指輪だって。
しょーちゃんは、奥さん。
コイビトから奥さんにしたんだ。
勝手にだけど。気持ち的にだけど。こんなの自己満でしかないけど。
「ただいま、しょーちゃん」
「早いな。もっとゆっくりして来ても良かったのに」
「和が寝る時間だったし、僕はしょーちゃんと年越ししたいもん」
「………そうか」
「そうだよー。しょーちゃんと一緒に年越しカウントダウンしたい。っていうかするっ。ゼロではっぴーにゅーいやーって言って、除夜の鐘聞きながら年越しそば食べるー」
しょーちゃんはいつものようにペラペラ喋る僕を、いつものようにちょっと困ったような笑みを浮かべて見てる。
その顔は、まだね。
………寂しそう。
来年はもっと、しょーちゃんのこのキレイな顔が、楽しそうに笑ってくれるといいな。笑わせてあげられたらいいな。
来年の僕の目標は、それに決定。
僕はしょーちゃんのほっぺたを手で挟んで、ぷっくりした唇にちゅってキスをした。
しょーちゃんがくすって、笑ったような気がした。
出会いは偶然。ほぼ事故。
でもね、しょーちゃん。
僕はしょーちゃんのことが。
しょーちゃんが。
………大好きだよ。
1日遅れの年末小話でした。
元旦に地震。
ラジオをつけっぱなしにしてますが、たびたび緊急地震速報が流れるのでビクってなります。
みなさん無事でありますように。
被害が大きくなりませんように。
余震に気をつけてください。
アップするのを悩みましたが。