へなへなって座り込んだ俺に、智さんは笑った。
笑って。
「もうできるから、ご飯食べて風呂な」
「………は?」
「ご飯。もうできるから」
「………ウソだろ?何の冗談だよ」
言った俺に、智さんが首を傾げる。ん?って。
ん?じゃねぇよ。もうやだよ。どんだけ待つんだよ。待たされるんだよ。いつまでお預け食らわす気だよ。
熱中症になるぐらいカラカラにかわいてるんだよ。アンタに餓えてる。干からびてる。もうしぬ。
俺。ずっと翔ちゃんが羨ましいって思ってた。毎日見てて、それこそしぬほど羨ましかった。
確かにお花さんはお花さんでヒトじゃない。
昼間はお花さんとどうすることもできない。連絡さえ取れない。存在そのものが消える。そうかもしれない。
でも、夜になれば。毎日会えるじゃん。毎日一緒に居るじゃん。毎日すんごい幸せそうで潤ってて、ダダ漏れてるよ。幸せが。翔ちゃんが纏う空気から負が消えた。
近くでそれ見てて。俺。ずっと見てて。
いいなあって。俺も。俺だってって。
でも智さんは。アンタは。
近くに居ない。マメじゃない。自由をこよなく愛してる。
知ってる。分かってる。だから。だからだからだからって。
今日。楽しみにしてた。っていうかそれ以上。
今日だけを考えて、見て、今日を待ちわびてた。なのにアンタは居なくて。俺はぶっ倒れて。
やっとなのに。やっとでしょ?やっと俺。俺も翔ちゃんとお花さんみたいに。
ぼろぼろって。
涙が出た。
カラカラにかわいて干からびてるのに、水分が。涙が。
「和?」
いきなり泣き出した俺に慌てる様子もなく、智さんは俺の前に膝をついた。
どうした?って。
どうしたじゃないよ。ひどいよ。ひどいでしょ?
俺ってアンタの何。
思わせぶりなこと言って、腰が砕けるキスもして。なのに。また待て?お預け?アンタを目の前にして?
好きだよ。好きって言ってんじゃん。なのにアンタは何も言ってくれない。干からびがどんどん干からびて干からびて。もう。
ぼろぼろ。ぼろぼろ。
言葉にもならない。もうだめだよ。もうやだよ。もう限界だよ。
アンタが欲しいんだ。アンタに欲して欲しいんだ。曖昧なふわふわじゃなくて。アンタのものって刻印。
じゃないと。アンタが。アンタが、またどっかに。
そっか。
翔ちゃんは毎朝、こんな気持ちを抱くのかもしれないね。
消える。消えちゃう。居なくなっちゃう。また。俺を置いて。
朝が来たら。夜が来るまで。
羨ましいって思ってごめんね。毎日一緒に居るからいいだろ、なんて。思ってごめん。
好きならそれはツライよね。イヤだよね。不安で心配で堪らないよね。
お花さんは文字通り消えちゃうんだもんね。
ごめん、翔ちゃん。俺ちょっとアサハカだった。今度森パフェ奢る。まじで。また行こ?男ふたりでコイバナ咲かそ?
「………かず」
智さんのキレイな手が、指が、俺のほっぺたに触れる。涙を拭う。
けど。
止まらない。
カラカラで干からびて、干からびて。干からびきって。
俺。
今から俺。
雨上がりの灼熱道路にぺったんこでヒラヒラになってるカエルになるから。
ぼろぼろぼろぼろ。
涙が落ちた。