小中学生の教室内でのモバイルフォンの使用禁止が決まった。

おおまかな議論は、

教育側から
1.犯罪への抵抗力の問題
2.教育現場でのカリキュラム学習の環境阻害

業者側から
1.現実の社会に適応にするほうが自然だ。
2.コミュニケーションスキル等の国際競争力の強化

家庭側から
1.常時連絡環境の確保
2.子供の要望への対処
3.疎外感へのおそれ

などかなと考えられる。
それぞれ都合のよいことだけ話しているのかなという印象です。
教育側は、リテラシー教育の現場対応能力の不足、業者側から子供にとって対費用効果の説明と業者の利益に関すること、家庭側からは我が子の心配だけってところだろうか。

で、教育という論点からすると情報活用能力も含めたコミュニケーション能力の開発ってところがキモですね。
このことからすると、別に携帯電話なくってもできるんですよね。
大事な要素は
a.調査をして自分の意見をまとめるということ
b.対話・議論・討論の習得
c.有効な時間管理
d.社会関係の構築

このことは普段の授業のプロセスの中で行われていると教育側は主張するだろうし、
業者側はもっと快適な利用環境を整えてやるべきだと主張するだろう。
そして、親はふりまわされる。

しかし、個人的な意見としては、教育側ではコミュニケーションスキルは別の授業枠をつくり意識的にやる必要があると思うし、時間管理の方法を確立していない子供たちが一体的な教育プログラムを寸断されるのは好ましくないと思うので、双方にとって好ましくない選択肢が用意されると思う。

これは、社会に出て僕が思ったことからの考えですが、
まず、道徳教育というのがありました。でも、これまるっきり覚えてないのですよ。つまり、きちんと考えるだけの授業をしてもらった記憶がない。要するに手落ちですね。そもそも道徳何って話を考え始めたのは最近である。
それと、お金の計算について。本質は自分の手持ちの財産をいかに効率よく利用し、交換価値を高め自分の欲しい物と交換し、生活を豊かにしていくかってことなんだけど、これを意識的に教えてもらってないんですよね。市場経済にもとづいた社会なのに。
だいたい、携帯電話の通話にいくら1ヶ月いくらかかっているかわかっている子供ってどれくらいいるのでしょうか。

なーんてことを考えながら、基礎教育の不確かさを思うのでした。
子供のことなのに、子供の都合が無視されているのはオカシイと思っただけさ。