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今、ペタ返ししようとしたら、ペタ帳重くて返せない。
来てくださった人、ごめんなさいです。
調子よくなったらってことで、お願いします。

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このブログ始めたことは心のバランスくずしていて、自分の言葉をうまく表現できないでいた。
で、最近なってようやく、複雑な思考もできるようになり、ロジックをおわなければいけない数式なんかも正常に読めるようになってきた。
ブログがちょっとした薬になったった感じです。
言葉にならないことを言葉にしようとする中で、以前は自分の言葉で話しているという感じでなかったけど、ようやっと自分の言葉だと認識できるようになった。

以前、心のバランスを崩したひとが近くで静養していた。
その人は、まあ、ほとんどの人が常時、肌身はなさずもっているものを提供している会社のエリートさんでした。
ところが、繰り返されるパワハラのなか、逃げ場のない忙しさにより、突然、心が破裂してしまったそうです。
で、圧力が長年積もった結果、その分だけ会社を休養することになりました。
その人から教えられたのが、その人がかかっている先生から言われたことですが、
「人間、どんな偉丈夫な人も同時に複数のことに喪失感を覚えると必ず心がおかしくなる。」
と、いうことを聞きました。
自分もそう立場にいたので、よく理解できました。
今では、その人は昇進ラインからはずされましたが、会社の配慮によりあまり心に負担のかからない立場におかれたことで楽になり、次の人生の目標を見つけたといってました。
その道は人が聞くとありえないほどの時間と労力と努力を必要とするものだけど、でも希望ができたってことで伸び伸びした表情でした。次のキャリアチェンジを目論んでいるそうです。
人生まだ、半分にいっていないから、これからが勝負だと言っていました。
人間50年、とは戦国時代だったけど、今はもっと先が長い。
なるほどなぁ、と思いました。
日本の場合、少しの年齢の差が、大きな違いを生んでいるかのような社会構造になっているけれど、そういわれればそうだなと、自分も気が楽になりました。

ここからが再スタートって今は思っています。
そういえば、中学生のとき、勉強している理由が、みんなこの限定された、同じ程度の知識と常識のフレームワークの中で窮屈した社会構造をどうにかできないのかという動機があったように思います。
もちろん、今は当時ほど狭量なことはないけれど、ベースとなる考えに対する確信は、非常に強く感じています。

でも、まあここからってことで。ぼちぼちと。