親と私
父が24歳、母が21歳の時に、私は生まれた。当時でも早い方だったのではないか。今思えば、収入もまだ低い、社会的経験も浅い、遊びたい年齢。そんな中で私を懸命に育ててくれた親には感謝すべきかもしれない。わかってはいるのだけどどうしてなのかよく「産んでくれた親に感謝」という言葉を聞くがそう思えない自分がやはり、少し足りない、おかしい人間なのかもしれない。父は、いわゆる昭和時代の、職人世界の人間だった。感情的で高圧的。大黒柱である自分が一番偉い、育ててやっているという思いが非常に強く、気に入らない所があるとすぐに怒鳴るような人だった。私も悪さばかりするようなバカガキだったので怒られても仕方なかった部分はある。ただ、いつもイライラしていて、仕事の愚痴ばかり。車で出かけると必ず酔ってしまう私を面倒そうに扱い、喘息発作で苦しむ私に泣いても発作は止まらない、煩いと怒鳴り、弟がズルや悪さをしてもすべて私のせい。感情的になり、背中を蹴られて、息が止まった事だけは一生忘れない。高校生の時に弟と私で育て方があまりに違う事に文句を言ったが人が違うとか時代が違うとか納得のいかない答えばかりが返ってきた。人生で声が出ない程にキレたのは父に対してだった。モラハラ気質という言葉が当てはまる気がする。私にだけでなく、母に対しても。私が生まれる前は、母にも大分暴力的だったようだ。箸を投げて額に刺さったとか、妊娠中の母に暴力をふるうとか、胸糞悪くなるような話を笑いながらする神経は未だによくわからない。喘息の私の前でも平気でタバコを吸っていた。正直、私の低身長や不妊の原因は父のタバコではないかと思っている。あれだけの副流煙を吸えば何かしら影響あっても不思議はない。酒も泥酔する程に飲むし、喧嘩っぱやいし、いつだったか外で飲んでいる時にビール瓶で頭を殴られて帰ってきた事があった。今なら殺人未遂ものだが、当時は救急車も呼ばず、酔っ払いの喧嘩で済ませたようだ。母は、東北の田舎育ち。美容師のインターンで東京に来ていた時に、父と出会った。暴力を振るわれ、逃げてもよかったのにその当時の風潮だろう。何があっても女性が我慢するもの。出戻りなんて持ってのほか。そう、祖母(母の母)に言われたらしい。何でも我慢する事が身についているから私の結婚時に送られた寄せ書きの言葉には「努力すること、忍耐だよ!」と書かれてあった。あまりよい環境で育ったわけではなかった。そう気がついたのはかなり大人になってからだった。ひょんな繋がりから都内屈指の進学校の方々と趣味の場を共にするようになった。大学も一流、勤め先も一流で立派な職業の人ばかりのブルジョワ集団とお付き合いするようになり「育ち」というものを体感した。もちろんブルジョワ集団の中にも普通家庭の人もいる。でも圧倒的に「よい家」で育った人が多かった。社会人たるもの、育った環境に嘆くのは甘えであり、自分で道を切り開くもの。という考えはよく聞くけれどそれでも育ってきた環境で培われてきた、生きる為の基盤になる思考や教養、気品、振る舞い等というのはとても重要だと、歳を重ねる毎に思い知らされる。ブルジョワ集団の中で、明らかに毛並みの違う自分に劣等感を持ち親は選べないという運命も感じどうして自分はこうなったのか・・・考えても答えの出ない、壁にずっと向き合っているのが今である。今は、そのブルジョワ集団のひとりと結婚して毛並みの違いは日々感じるもののなんとかせめて普通の思考や品性を身に着けたいと努力をしているがここで自分の親兄弟を見るとやるせない、複雑な気持ちになってしまう。大人になってから気がついたことだが父も母も末っ子なのでそういう気質が備わっているように見える。私が何かにお金を出したり、季節毎に贈り物をする事も、好意に甘えるがこちらが頼んだ訳ではないから特別な感謝もしない、というスタンス。贈り物が届いた連絡すら来ないこともある。そのスタンスを知りながらも未だにどこかで褒められたいのか、認められたいのか、誕生日や母の日・父の日のは贈り物をし、年賀状の季節には実家の年賀状を作り、正月前には栗きんとんを作って運び、何かできることがあれば役に立ちたいと思ってしまう。数年前に腰の手術をし、歩行に障害が残ってしまい、社会との繋がりが一気に減ったせいか、見た目も気にしなくなりボロボロに老いていく母の姿に情けなくてもあり、心配もあり。父も無収入の月もあり、仕事をすればアチコチ痛いといい、両親の生活や身体も心配になる。私が親離れできていないという事なのか。親がいなくなっても別に困る事はない、でも、今、生きているからそんな事を思えるだけなのか。私は自分勝手で冷たい人間なのだと思う。どうしたらいいかわからない。ただ弟もなんだか収入面で不安定そうだし、何よりも子供がいる。そうなると何かあった時に動き、援助できるのは私しかいない。そう考えるのもまた洗脳されているのかもしれない。どうしたらいいかわからないが、有事の際には動けるように、ちゃんと働いて、もっとしっかりしなくてはいけないのかもしれない。子供も諦めたことだし派遣ではなく正社員として・・・世の中の、親子関係というのは一体どうなっているのだろう。親子で仲の良い人を見かけるとビックリする。うちが変わっているのかもしれない。