一度に描き切れない為、分割配信します。

前回の続き。

 

3月7日、無罪放免なら外食でもして何も変わらない日常となる筈だったが、辛い現実を突き付けられ、

帰宅するも余りにの絶望感に飯さえ喉を通らない・・・

 

自分の計算では先の健康寿命を見据え、あと20年は仕事を出来るだろう!

そこまでは現役で頑張らなきゃ!

その計算に病と云うイレギュラーの含みは無く、このまま健康でいられると思うほど自信があった。

 

余命3か月…何が出来る??

まして、抗がん剤を入れれば生活の質が低下し、結局まともに動けなくなる。

副作用によって宣告された寿命より短くなるリスクもある。

「動いてなんぼ」動けなくなるなら死んだも同然!

 

差し迫った状況下、2日間という短い期間内に延命治療をやるか?否か?決断を決めざる得ない!

 

その腹は延命治療をしない!! 命の分岐点・・・短い時間で決断を迫られ辛い時間だった。

 

考えは短くとも期間内に全ての終活を済ませ、出来なかった夢は息子に託す。

成り立たないギャンブルに賭けるなら、動ける現在を生きるという極論。

 

覚悟を仲間、家族に伝え、誤解が無いように・・・

「絶望感から自殺はしない! まして他人から殺されるのも絶対にイヤ!」「最後まで自分らしく生きる」

墓場まで持っていけば嘘にはならないな・・・

「嘘は最後まで吐き通せば真実に変わる」ただ途中で弱音を吐かなければの話だが・・・

 

 

家族からは「可能性も捨てるのね・・」

仲間からは「諦めるんすか?」

 

揺らすんじゃねぇよ・・・折角決めた覚悟なんだから!

 

ホント!嫌になるくらい情に脆くなるこの時に、反則なんだよその顔は!!

昔、俺が言っていた

「子供が意固地になってギャアギャア泣くのは構わん!だけど悲しくて声を殺す様な泣かせ方は絶対にするな!」と。

 

3月9日

再び病院を訪れ、延命か、自然死の選択に延命という釦を押した。

どうせ死ぬなら体ごと預けるよ!

 

3月14日

2日間の検査入院。

2日間で転移した肝臓の組織を採りDNA鑑定と抗がん剤の副作用を見極め、体調の変化を経過観察。

人生初の抗がん剤だが副作用を気にするより、毒が身体に入っていく事が嫌だった。

入院で思う事がある。この場所では絶対に個室が良い。

自分は6人部屋だが、がんセンターというだけあって、全員が癌患者!

夜中に苦しそうな咳をする者、すすり泣く者、絶え間ないナースコール・・・・

気が滅入る・・

 

 

3月16日

経過観察を終え退院。

戦うと決めた以上、トコトン戦う!!

 

3月22日

2度目の抗がん剤点滴。

アブラキサン、ゲムシタビンという2種類の抗がん剤を1.5時間掛けて投与。

ゲムシタビンは薬が強いのか、注射針から30㎝離れた部位まで痛みが走り、3週間過ぎても痛みが残る。

また広範囲に血管が硬化と黒っぽく変色して治らない。

個人差があるらしいが部位に注射針を刺す事が出来ないくらい、硬くなっているらしい。

 

3月24日

脱毛が始まる。

シャンプー時に絡まる様に抜け毛が増え、翌朝には軽く引っ張るだけで束で抜ける様に。

 

3月25日

工房にてハサミをいれ、自分で刈り上げ!

逐一、抜けていく事にストレスを感じるし、いっそ無ければ良いとスキンヘッド!

隠すつもりなど毛頭も無いと帽子も被らず仕事をしていたら日焼けが強烈!!

皮膚がカピカピに・・痛い。

 

3月29日

3回目の抗がん剤投与予定日。

これを終えれば1クール終了。

1か月3回投与、1週休みが治療サイクル。

毎回、投与前に血液検査するが今回は白血球減少が大きいため投与中止。

白血球は骨髄にて造られるらしいが、副作用はサイクルの早い細胞を攻撃してしまう。

その為、ガン細胞のみならず、髪、骨髄と云った場所も影響を受けてしまう。

 

4月に続く。