雅丸のボート製作までには歴史がある。

ゴムボートから始まり、艤装を重ねていく毎にFRP艇のイケス装備に憧れに近いモノを感じ、いずれFRP艇と考えていたが

なかなか良い物が探せなくてゴムボートでうっぷんを晴らしていた10年前。

予備検査8馬力上限のボートで9.8⇒15⇒25馬力へと検査時期を待たずに次々とステップUP。

強烈なパワーは2名乗船60k/hOVERと水上を飛び回っていた。

パワーへの拘りは根っからの性分である。

今となっては笑い話だが20馬力と思い込んで購入したら25馬力!

一瞬で滑走する為、怖いというよりは自由自在にコントロール出来る面白い艇だった。

そんな事をして遊んでいる中にも、憧れを追い求めて1号艇を製作。

けっこう真面目に造ったつもりだが当時はFRPスキルも無かったし、安物樹脂を使ったもんで

竜骨は曲がり、左右不均等、売り物にならんし、何じゃこれ!的な自作艇だった。

しかしながらここまで製作するにかなりの歳月を要していた代物。

 

取り敢えず製作の目標は2名乗船は当たり前、イケス装備が前提。

そしてサイドフロートは絶対に付けない!。添加物は必要のないボートである事!

この考えは今後の製作&設計にも変わる事は無い。

某日、造ったからには浮かべてみたいし、どんなモンかと2馬力で試験航行。

しかも無謀というか、バカというか、外洋での処女航海。

当然、不安と恐怖が混じり合った航海であった事は現在も鮮明に覚えている。

何度、引き返そうと思った事か・・・・

無謀な試験航行も良いところ、悪いところと経験しないと見えない所が良く解り、

後日、改良へと着工。

因みに良かった点は2名乗船でも十分な広さであった事。

逆に悪い点は青波を食らえば簡単に転覆すると想像出来る不安定さと弦の低さ。

想像出来る不安は何かのタイミングで必ず起こる!

第六感、危機管理を甘く見ていれば、大自然は容赦なく襲ってくる。

「1回の過ちを見逃してくれない」そう思っていれば間違いない。

 

先ずは基本となる船底の改良。

1枚、1枚パネル製作し、底に張り付け作業と形状確認。

ホント!気の遠くなる作業の連続、ひたすら造形、パテ、、バランスの見直し。

 

 

2号艇は幻の艇となったが、実のところこれが3号艇、既存艇の、型製作。

2号艇は性能確認の為、船検取得後、僅か1ヶ月で廃船。

3号艇製作はその船体、2号艇がベースとなる。

見て判る様に意正面だけにはトコトン拘った。

整形に使用したパテは40kgにも及び、ヤスリで研いでいる内に手が擦り切れて血だらけになったのを憶えている。

連日やっているもんだから近所もカミさんも呆れた顔で見ていたに違いない。

実際にいい加減諦めれば!カミさんに言われ本気で怒ってしまった・・・

「諦めたら全てがゼロ!今までの努力が無になると」

自分には成し得なかった・・・そういう負い目を残したくなかっただけかも知れない。

カミさんの理解、コツコツと努力が実って

出来上がった「型」となるモック。

先ずはオス型を製作しないと。生産は出来ない。

1号艇はどんべ丸。

写真は2号艇となったロングビーチ艇。

Wデッキ仕様のオールハンドメイド。

軽量で現在は4スト高馬力搭載艇。

YOUTUBEで御馴染みのピンクがトレードマークのタンク艇、現在は2スト9.9馬力だが、後に4スト換装予定。

 

 

赤の武丸艇、モンスターカラーの美しい黒秀丸。これも4スト高馬力搭載。
その他3艇が既存艇として存在している。
全て同じ型から生まれた艇で、1号艇とは様変わりしてきた。
唯一、1号艇から継承してきたセンターラインは今後も引き継いでいく。
 
そして次のステージへ!!
4号艇は今までの集大成、最高のボート製作は始まっている。
自分は単にモノを造っているだけじゃない!
 
金儲けでやるなら、もっと簡単なボートを大量生産すれば良い。
他人が生きようが死のうが関係無いと割り切れば良い
 
そんな商売はいずれ廃れていく
商売として成り立つか、否かは別として自分の乗りたいボートを造る。
地味な事かもしれないが、自分の形、理想を突き詰めていきたい。
 
雅工房