- 即興的奇想曲 作品9(ハープ 1886年頃)
- アンリ・コンスタン・ガブリエル・ピエルネ(Henri Constant Gabriel Pierné, 1863年8月16日-1937年7月17日)はフランスの作曲家、指揮者。印象主義的な和声感覚と師のジュール・マスネを思わせる平明で甘美なロマン派的作風の両方が見られる。
これは、特に思い入れのある作品なの。
16歳のときに日本ハープコンクールアドバンス部門の自由曲に選んで、優勝した想い出の曲。
科学記号みたいな書きこみは、足の半音操作ペダル。両足で違う方向に連続して踏むから、暗譜するとき頭混乱…!
16歳のときに日本ハープコンクールアドバンス部門の自由曲に選んで、優勝した想い出の曲。
科学記号みたいな書きこみは、足の半音操作ペダル。両足で違う方向に連続して踏むから、暗譜するとき頭混乱…!
こういうのって、理屈じゃないから、高校時代はなんにも考えないで体育会系の部活のノリで一小節100回ずつ練習してたの。
そしたら、25年たった今でも身体が覚えていて、25年ぶりに弾いたんだけど弾けちゃうの‼︎
子供のとき以来乗ってなかった自転車が、大人になっても乗れちゃう感覚なのかもね…
ビックリ。
なんで25年も弾いてなかったかというと、
学生時代に練習しすぎて
食傷気味だったのね(>_<)
あまりに母親に厳しくスパルタ教育されたから食傷病はけっこう深刻で、
いわゆるクラシックハープの王道と呼ばれるオリジナル作品には10年以上手をつけていなかったのです。
CD三部作は、レコード会社の意向もあって売りやすい一般向けのポピュラーなアレンジものが殆どだからね。
(CDの収録曲でいうと、ヴェニスの謝肉祭と六段はオリジナル作品だけど、メロディーがポピュラー。バッハの組曲とソナタもオリジナル作品だけど、古典だからハープ特有のグリッサンド&アルペジオはない。どれも一曲10分以上ある本格派の大曲ではある)
オリジナル作品とは、ポピュラー界だと歌手が自分で作曲したものや自分のために作曲された作品を指すんだけど、クラシック界では、その楽器のために書かれた作品を言います。
ハーピストによる、
ハーピストのための、
ハープの作品。
または
ハーピストが依頼して、
偉い作曲家に書いてもらった、
ハープのための作品。
耳馴染みのある
ピアノの有名曲だったり
バイオリンの有名曲だったりを
ハープ用にアレンジするのは、
趣味の生徒さんやお客様は喜ぶんだけど、
なぜか業界内では邪道とされる…。
《芸術家たるもの大衆に迎合するな!》とかウルサイの。
一般の人がクラシックだと思ってる「パッヘルベルのカノン」「バッハのアベマリア」「エルガーの愛の挨拶」「ドビュッシーの月の光」「チャイコフスキー白鳥の湖」「ベートーベンのエリーゼのために」「モンティのチャルダッシュ」など。
こういう一曲5分以内の作品は、専門家のあいだではライトクラシックまたはアンコールピースとしてポピュラー名曲に分類されるので、賞の対象にはならないのです。
よって、
コンクールの課題曲となるのは、
オリジナル曲がメインで、
一般のお客様が喜ぶような、
「知ってるメロディー」
のアレンジが選ばれることはまずありません。
なぜなら
オリジナル作品は、長丁場だしやっぱり技術的には相当難しいのね。たとえるならば、映画やドラマの俳優じゃなくて、歌舞伎役者をやる感覚かしら…。
ただ、
ポピュラー有名曲のアレンジのほうが、誰でも知っているぶん誤魔化しがきかなく、深い表現力や歌心が求められるから、コンクールでも半々の割合にすればもっと良い音楽家が育つのになぁ、、、
と個人的には思いますが。
(クラシックの技術が素晴らしい大御所がアンコールにポピュラー小品を弾くと、意外に下手でびっくりすることも多々あるんだよね…。)
ちなみに、ハーピストのマックスウエルがハープのために書いた「引き潮」はオリジナル作品の代表格として有名で、
私も昨年の銀座ヤマハホールリサイタルで弾きましたけど、あれはクラシックじゃなくてムードミュージックというジャンルなので、コンクール課題曲とはみなされないのです。
ハープ教室で、『はじめての教本』が一冊終わったベテランの生徒さんが、オリジナル作品にチャレンジしたいというケースがぼちぼち出てきたので…
仕方なく(笑)過去をほじくり返す作業を夜な夜なやっております。
オリジナル作品を弾くと、
もうね
音符の裏に母の面影がチラチラ見えるような気がしちゃうんですよ…!
怪奇現象ですな…(ー ー;)
大学三年生のとき
母と一緒に世界最難関のひとつ、USA国際ハープコンクールを受けに行ったんだけど、
くじ引きで不運にも1番目に当たって、朝9時に審査員の前で40分リサイタルしなきゃいけなくなり、
朝っぱらから眠くて指動かないじゃんヤバい!って真っ青になって。←くじ引きが不運で賞を逃す人もけっこういるんで笑えないんですよ。
そしたら、母が守衛さんに隠れて音大のレッスン室に泊まりましょう!!!って言い出して(大胆でしょ…)
インディアナ音楽大学のグランドピアノの下に2人して寝袋こしらえて、守衛さんが真夜中に懐中電灯もってやってきて光が差し込んだら息潜めて袋に潜って…けっこうスリリングでしたよ、真夜中の真っ暗な海外ですからねぇ。
ヒチコック映画のワンシーンみたい。
で、翌朝4時に起床してバッチリ練習してから臨んだので、ほぼ1音もミスしなかったと思います。
ホテルの部屋では早朝に音出せないので、地元の受験生が有利になってしまうなか、母の作戦は成功でした。
おかげで、日本人初の入賞を果たしました。
しかしそのあともすぐジュネーヴ国際コンクールが続いたし、もうウンザリして課題曲の楽譜を開くことができなかった。
(ちなみに、USAコンもジュネーヴコンもそれぞれ約1カ月にわたる勝ち抜き戦で4ステージあります。計8ステージですね。40分リサイタルは、その中のわずか1ステージ分)
私がプロになってからはポピュラー名曲ばっかりやってたので、母はオリジナル作品を弾きなさいとブーブー文句言ってました。
で、ケンカになるから余計に意地になって弾かなかったり(ー ー;)
私はともかく、オリジナル作品には癒されないんです。自分との闘いの記憶しかないんです。
他の楽器でも、純クラの演奏家は(←オリジナル作品中心に活動するアーティストを業界内でこう呼ぶ。純クラシックの略)50歳になっても60歳になっても、一生受験生みたいなストイックな生活送ってるもんね。すごいよね。尊敬。
ワタシ、ぜったい無理です。
ゴメンなさい…m(_ _)m
それに、音大卒業生がマニア向けの難しい曲ばっかりコンサートでやるから、お客様が眠くなってクラシックやハープが普及しないのでは?と業界に抗う自分なりのポリシーもあったので。
まぁ、そんな拒否反応が身体に出てしまうマニア向けの曲なのですけど、
最近は
母の眼の黒いうちに、親孝行だと思ってオリジナル作品集のアルバムをリリースしようかなぁ…
と、考えたりしてます。
若き次世代のハーピストの手本となるような録音を残せるのも、技術的にピークな40代のうちかなぁ…と思う歳になりましたし。
ハープのために作られた曲って、
やっぱりハープが最もよく鳴り響くんですよね。
ハープのことを想って書いてくれてるから。
シャープ系より、フラット系の調性のほうがハープの弦が解放されて鳴りやすいとか、ピアノ伴奏によくある和音の連打は響かないからハープではアルペジオに変えようとか、ちゃんと計算されてつくられているから。
だから
久々に弾くと、ハープが喜んでる感じがして
すごく気持ちが良いです(^-^)/
みなさん、
いつか人前で弾けるくらいトラウマを克服できたら、ぜひ聴いてくださいね。