(づづく)

母の「耳を育てる教育法」は、もう一つありました。

それは、私が幼稚園・小学校のあいだはテレビ&ゲームを禁止することでした。(ちなみに携帯をはじめて持ったのは33歳の時です‼︎)

テレビを通して聴く音は、子どもの脳内に大きな影響を与えます。

子どもは、静かなニュースやドキュメンタリーを見る忍耐がないので、どうしても過激な音の番組に惹きつけられて、品が良くない言葉を覚えてしまうのでは?と母は考えたようです。

また、テレビを見ないということは、J-POPSやアニメソングも聴くチャンスがない事を意味します。

私が流行歌をちゃんと聴くようになったのは30歳を過ぎてからで、今ではその素晴らしさを理解し、J-POPS歌手とお仕事やプライベートで知り合うようになってからは、どんな分野でも一線で活躍する人は身体を張って努力しているんだなぁ!と大尊敬するようになりました。

でも、当時は小学生のときに一世を風靡していた松田聖子さんの「赤いスイトピー」でさえも知らなくて、遠足のバスのなかで友達がみんな歌っていたのに驚いた思い出があります。

(今では、聖子さん大好きで武道館ライブに行ったり、CDレインボーハープに「瑠璃色の地球」を収録させていただいていますよ^ ^)

なぜ、素晴らしい歌謡曲の世界を幼少期に与えてもらえなかったのか、というと…

クラシックの作品を聴くときには、幾つもの音を同時に聴きとれる聖徳太子のような耳がなければ楽しめないのです。

たとえば、バッハの曲はフーガ(対位法)といって、右手のメロディーを左手が追いかけるため、左手にも同じ割合でメロディーが出てきます。

右手だけ聴いても面白くないのです。

さらに、ソプラノ(高音域)、アルト(中音域)、テノール(中音域)、バス(低音域)の四声が同時に響き、メロディーが四声のあいだを鬼ごっこのように駆け回る面白さがあります。

器楽でバッハを弾く場合には、ソプラノとアルトを右手で同時に弾き、テノールとバスを左手で同時に弾く必要があります。

つまり、一人四役やるわけですね。

オーケストラの交響曲を聴くときも、バイオリンだけがメロディーを弾く訳ではありません。ビオラ、チェロ、フルート、クラリネット、オーボエ、ホルン…どの楽器にもメロディーはあります。

そしてクラシックの作品においては、メロディー以外のパートもメロディーと同様に重要な役割を果たすのです。ときには、メロディーのほうが影となり伴奏部のほうが光になる作曲法もあります。

どの楽器に今メロディーが移ったのか?メロディーを弾いていない楽器はどんなパートを弾いてどんな役割を果たしているのか?

指揮者は、約100人分のメンバーの音を同時に聴き分け、誰かがミスしてもすぐに指摘できる耳を持っていなければ務まりません。

指揮者コンクールでは、わざとメンバーが間違った音を出して、どの楽器の、何番めの席のどの奏者が、何小節目の何拍目の音をミスしたのかをクイズのように当てる審査がありますね。

東京芸大ハープ科の入試にも、聴音のテストがあります。

四つの和音を同時に弾いたテープを聴き、その場で楽譜を見ずに書き取るというものです。

私の入学試験のときは、四声部の和音が一小節に2パターンずつ×4小節連続でテープで流れてきましたから、合計8通りの和音、合計32個の違う音を瞬時に聴き分け楽譜にする能力が必要でした。

これに対して、歌謡曲の場合は、歌手がメインメロディーを担当し、バンドが伴奏をやります。

だから、メロディー(単旋律)を聴ければ十分楽しめますし、音の多様性よりもむしろ主役のキャラクターやエンターティナーとしての才能が重要になってきます。

これは、あくまで母の自論ですから真価のほどは分かりませんが…

幼い時分に単旋律だけに集中する聴覚を養ってしまうと、クラシックの複旋律を聴ける能力がつきにくくなってしまうのではないか?

流行歌に慣れた耳が大人になってからクラシックを聴く場合には難しく感じるが、その逆は苦労しないだろう…と考えたようです。

また、テレビやカラオケなど機械を通して聴く電子音の大きな音量に慣れてしまうと、繊細な音のニュアンスを聴き分ける耳を養うのが難しくなりますね。

つい先日も、イヤホンで大音量の音楽を聴く習慣のある若者世代に難聴の危機、というニュースを放映していました。

機械文明に頼らず生活していた時代に作曲されたクラシック作品を解釈し演奏する音楽家、あるいは、アコースティックな楽器を演奏するハーピストは、静かな環境に身を置くことも大切かもしれませんね。

そういえば、盲目の天才ピアニストの辻井伸行さんは、幼い頃から視覚の代わりに聴覚が異常に発達し、日常生活音がうるさいとヒステリーをおこして何時間も泣きやまず親が困った、というエピソードをお母様が著書に綴っていらっしゃいました。

実は…私も未だに、冷蔵庫や掃除機、洗濯機やドライヤーの音がどうしても苦手で、電気音や騒音が続くと具合が悪くなって目眩や吐き気が出るのです。。。

静音タイプを使用し、掃除機は使わずに床を拭き掃除、乾燥機は使わずに手で干す、というアナログな生活を送っておりますが、聴こえすぎる、のも諸刃の剣でしょうか。

(BGMのうるさいお店には入れない、車道沿いに住めない、カラオケが苦手、という面倒もありますね…>_<)

「そんなんだから、嫁に行けないのよっ!」と母に怒られるのですが、「それは誰のせい?」という口ごたえは止めておきます…(-。-;

まぁ、プロをめざす方は日常生活における制限は覚悟のうえで(笑)趣味の方は支障のない程度に静かな環境を取り入れて耳を育ててみてくださいね!