焼八千枚供 修法の意得って | osamuのブログ

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HPが変更になったので
移動してますがないページも多数。父母を亡くして
供養に興味を持って色々調べて、お寺さんお参り時に
真言いえたらいいなぁと
始めました。
後,興味を持った事を調べて
メモ替わりに書いています。
間違いや誤字脱字はすみません。

焼八千枚供 修法の意得


本商品について

行者と助法のための手引!
焼八千枚諸口訣の要諦を踏まえ実修実證を意図した懇切な

編集で修法記・口訣集成・護摩次第を併載。

本書の構成

焼八千枚供 修法記
伝授会/準備(本尊・三鈷杵・乳木・護摩炉・仮金剛盤

・仮四橛・衣帯)/前行/加行/食時/神供/正行/結願座

/修法後/再度の八千枚護摩

焼八千枚供 口訣集成
八千枚古実/八千枚故実/八千枚作法補記

/『要法授訣鈔』/八千枚作法/『八千枚秘釈』

* 炉壇・支具図

焼八千枚供 護摩次第
『不動法二重』に基づく如法の護摩次第を収載。

その他〈作壇作法〉〈破壇作法〉〈焼八千枚供表白〉

〈結願作法〉〈神供作法(壇様図)〉〈不動九徹印奥伝〉

〈八千枚大事〉等を併載。

『修法記/準備』の要約抜粋

<本尊>
当山には古くから立像の不動明王が祀られておりますが、

観想に出る通りの坐像の不動尊を勧請したい熱情にかられ、

京都の仏師に依頼して身丈五寸・彩色仕上の不動尊を

お迎えすることができました。

結願の後には台座の下に今回の行で使用した

三鈷杵と念珠を納めました。(以下略)

<三鈷杵>
小野方の護摩法では三鈷杵を持してお勤めします。

但し八千枚護摩供結願座では長時間に亘り炎の前に坐すため、

熱を帯びないように木製の三鈷杵を用いよという伝が

ありますので、事前に用意して有り難く使わせていただきました。(以下略)

<乳木>
八千枚護摩供の乳木は三春初甲子日つまり正月明け初めの甲子日に

伐採せよとの口訣に従い、

当日朝、当山山林より目ぼしい樹を伐採して口訣通りの

大きさに割り、加持して当日に備えました。

行者独りではかなりの負担になりますが、

近隣有志の方々のお手伝いで随分助かりました。(以下略)

<護摩炉>
護摩炉は如法には土を盛るべきです。

道場より見て行者の生家の方角から浄らかな土を採取し、

護摩炉の内側と周囲に塗ります。

私はさらにモルタルを練りこみ、

息災の色である白色のセメントを塗りました。

また炉の底には鉄釘で息災法の三昧耶形である輪宝を刻みました。(以下略)

<衣帯>
『故実』に「単衣に五条、七条、任意」と述べられておりますが、

私は修行のための如法衣を新調しました。

汗が多く出るので化繊のものではなく木綿の

褊衫・如法衣を用い、息災の色に合せて全て白色のものを

調えたのです。(以下略)

八千枚口訣等の本文見本

『八千枚古実』
 八千枚を焼かんと欲せば、もしは千日護摩、

もしはまた百日護摩の結願に相当ててこれを焼くべきなり。

もし阿弥陀、観音等の護摩のためにはその護摩、

千日もしは百日を満たしおわって後、

加行のために不動護摩を行ずべきなり(一七日【一週間】、

もしはまた二七日【二週間】乃至三七日【三週間】ばかりなり)。
 もし七箇日となすなら、以前の護摩の終わり一七日ばかり

持斎なすべきなり。

不動一七日の間、菜食すべきなり。

不動二七日にてあるなら、これをもって持斎菜食の二つに

宛てるべし。

但し師主の仰せにいわく、持斎はこれ八千枚の本説にあらず、

直ちに菜食になす事、行者のために宜しべからずの間、

菜食以前の身ならしなり。
 菜食は『立印軌』説たるの間、勿論なり云々。

この如く菜食に及ぶ時、八千枚乳木よくよく儲けの員数等洗い、

よくこれを計えて期日に至り暫く浄処に安置す。(後略)

『八千枚秘釈』
 不動尊の法に八千枚を焼くは、今これを按ずるに総別二つの意あるべし。

具に総義を出すは八識の惑障を断じて諸仏の理智を

証することを表すか。

意にいわく、衆生、妄心、その数無量なれども広に

摂し略に従えば八識に過ぎず。

八識に各千殊の惑品あり。

故に八千となるなり。

千とは満数を挙げて無数を表す。

顕密の諸教、往々に説くが故に、略してまた下にいうが如し。

いわゆる千佛、千理、千品、千流等も

皆これ無量、無数、勝数、満数等の義なり。
 問う、第九識をば何れの識の中にか摂ずるや。
 答う、通じては八識に摂じ、別しては第八に収む。
 問う、しかいう意は如何。
 答う、二義ともに果位の智に例するが故に。

いわく初義とは例せば四智具足するを法界体性智と

名づくるが如し。

この智は惣なり体なり。四智は別なり用なり。

四智は所変、この智は能変なり。

四智とは八識なり。この智第九なるが故。

次義とは例せば四智印の中の大智印は大円鏡智なり。

または法界智なるが如し。(後略)

『八千枚故実』
一、八千の乳木百支づつこれを結ぶ。
細縄をもって二所を結ぶ。

台これを造り荒薦これを敷きこれを雙ぶ。

千支十結これを雙ぶ。八雙八千枚なり。

水をかけよくよくこれを洗う。

薦を覆い日中には薦を取り当日菜食より五六日前なり。

その中、雨雪の降るを吉となす。

結縄、事済み法衆退散の後、炉中に於いてこれを焼く。

一、加持物は五升ばかり。兼日よくよくこれを洗う。
一、蘇油は胡麻の上品。清浄なるべし。三升ばかり。
一、開白の荘厳に上中下あり。任意。表白あり。
一、大師、尊師の所作あり。四度行の如し。千日護摩ならば十二天、聖天の所作あり。(中略)
一、洛叉の事 十万遍を十九座に配分す。座別に五千二百五十遍、二十一日の後夜日中各二百遍にて満す。(後略)

焼八千枚表白
爾れば即ち、行者発心の始には擁護に依て増長を得、

如来成道の日には威力を現じて障難を息む。
是の故に四十二地の菩薩、皆不動の加持に依り発心修行し

三世十方の如来、悉く如来の降魔に依り正覚円満す。

是れ等の妙業、誰か信ぜざらんや。
文に云く、一たび秘密呪を持し生々に加護して修行者に

奉仕すること猶し薄伽梵の如しと。
頼もしい。哉世々値遇の得益、盍ぞ所願を己身に遂げざらんや。
熟ら以るに所持の秘密の真言、一字含千理の徳力、何ぞ末世を隔てんや。
所修の大聖功徳、即身証法如の行果、豈に凡聖有らんや。(後略)

著者コメント(一部抜粋)

修行は自ら発心して行うものですが、焼八千枚護摩供には多くの助法が必要です。特に結願座においては、行者本人よりも大変な気配りをしなければならないのが助法の僧侶方です。この修行を通して最も有難く感じられたのは、そのような無償の求道心を惜しみなく注いでくれる法友の存在を実感できたことです。

推薦の辞(稲谷祐慈)

 今般上梓された『焼八千枚供修法の意得』の前半部は編者大瀧師の実修に基づいた「修法記」と、報恩院流に相承される八千枚護摩に関する諸口決に依って成っている。
 これらの諸口決は、私の住持する正通寺十二世祐真阿闍梨が書写された資料を訓読したものであり、私自身、この口決類に従って先師より伝授を受け、八千枚供の実修に用いたのである。
 当山十二世祐真阿闍梨は、江戸末期~明治の人で関東は常陸の出身。幼くして両親を失い、その菩提を弔うために出家し、加行・灌頂・一流伝授等を受法修学したのち、京都槙尾山で戒律を修め、高野山において事相・教相を重ねて修行、以後、縁あって備中・備前に至り、ついに当山正通寺の住職に就かれた篤学厚志の僧である。
 祐真阿闍梨の学問・修行・持戒に対する姿勢はとても厳しいもので、その数々の逸話は当山代々住職への誡めとして伝えられているが、書写して遺された口訣類も膨大で、今も正通寺の宝庫に大切に保存されている。
 この度、本書の中で大瀧清延師が訓み下して活字化された八千枚諸口決もその書写資料の一つであり、先徳の本がこのようにして用いられるのは末資として喜びに堪えない。また大瀧師の手で口決の中より抽出された「補記」は、八千枚修行者が座右に備えるべき貴重な資料であり、前半の「修行記」と後半の「八千枚供護摩次第」には、報恩院流相承口訣を基にした実修実證を意図する大瀧師の編集の成果が遺憾なく活かされていて、本書を八千枚供修行のための有益な書としている。ここに推薦の辞を述べる所以である。
 なお大瀧清延師の実名は祐真である。今後の師による伝授が待たれる。

著者プロフィール

大瀧清延(おおたき せいえん)
昭和49年、広島県府中市に生まれる。平成3年、高野山龍泉院に於て得度。平成11年、愛知学院大学大学院文学研究科博士課程前期修了。平成12年、高野山専修学院卒業。平成14年、真言宗大覚寺派薬師寺・寳壽院住職。平成26年より薬師寺伝法会を主宰。

現在に至るまで稲谷祐慈師、草津栄晋師をはじめ諸大阿闍梨より

事教二相を学ぶ。