憧れてたんやで、あの頃。
十何年ぶりに電話した旧友に言われて
驚くやら恥ずかしいやらでした。
彼が私なんかを憧れてくれたきっかけは
母校が年2回発行していた文芸誌に載った
私の書いた小説だったと言います。
確かに私は彼に
その雑誌を手渡した記憶がありました。
何せ、作品を掲載された作者には
百冊くらい段ボール幾つかに分けて
家に送られてくるんだから、
片っ端から「枕の足しにしてください」と
配って回らなければ
部屋に足の踏み場もなくなってしまうのです。
それにあの雑誌は、まだバブルの余韻を
引きずっていた頃のことだから
装丁なんかも半端なく豪華な代物でした。
誰も読みはしないだろう。
だから私は、やけに重たい雑誌を
手当たり次第にばら蒔いていたのです。
書いてしまったら反省と後悔ばかり、とは
多くの作家やミュージシャンが言うのを
見聞きするものですが、
アマチュアの私だって同じことです。
当時のことだから
原稿用紙に書きなぐった私の駄文が、
活字で印刷されていると
それらしく見えてしまうから
ちょっとだけ有頂天にもなります。
そして読み始めると、
貴重な紙資源を無駄にしてごめんなさいと
六甲山のてっぺんに住んでいると
当時勝手に思い込んでいた
神様だか仏様だかに謝りたくもなり、
誰も読みませんようにと
お百度参りでもしようかと
本気で落ち込んだものなのです。
それでもその後数年間は
表現する仕事に従事したりして
瑚口を凌いだんですから、
恥知らずの謗りを免れません。
阪神大震災があって、私の部屋は
壊滅状態になったことから、
あの雑誌を一冊も私は持っていません。
それを良いことに、黒歴史として
私の中では封印していたのですが、
その話を読んで実力の差に
自らも小説を書いたことがある彼は
筆を折ったというのです。
実は私こそが彼に憧れていたんです。
大学の4回になって、就活の頃に
彼にどうするのと訊ねると、
パイロットになると真顔で言いました。
ちょっと待てよとたしなめましたが、
彼は勝算ありといった風情で、
私の心配などどこ吹く風でした。
その少し前に白浜に行った時には
驚くほどの知識と話術で
魅了されたものです。
彼と初めて会った時には
バンドをやっていた私は
まっきんきんに髪を染めていましたが、
私が白い目で見られていることなど
まったくお構いなしに
いつかオレもやるねんという彼の
卒業間際に見せたまっきんきんな頭には
度肝を抜かれたものでした。
なのに 永遠の嘘をつきたくて
探しには来るなと結んでいる
永遠の嘘をつきたくて
今はまだ僕たちは旅の途中だと
君よ 永遠の嘘をついてくれ
いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ
一度は夢を見せてくれた君じゃないか
パイロットの夢は冗談などではなく、
彼は大手の航空会社の体力測定も英語も
クリアしながらも
人事面接で落とされたと笑いましたが、
後に不動産会社に勤めて独立を果たし、
いまは社長になった彼に呼ばれて
妻と二人でお宅に訪問しました。
私の夢がそこにありました。
私はこれからそこへ何年かけて
たどり着くことが出来るのか、
もうあれになりたいこれになりたいという
そんな夢は見なくなったけど、
遠回りしているのは
あのときに出会ってしまった
あいつのせいだと
具体的に脳裡を掠める者たちを
追い払いながら遠回りしてきました。
たとえ くり返し何故と尋ねても
振り払え風のようにあざやかに
人はみな望む答えだけを
聞けるまで尋ね続けてしまうものだから
それは疲れるだろう。
それは終わらないね。
もういない、過ぎ去った者たちに
殴りかかる準備は
とんでもなく辛いからね。
十何年会わなかったのに
私が何に疲れはてたのかを
手に取るように彼はわかったようです。
私は確かに疲れていました。
疲れきって滋賀に来て、
よせばいいのにまだ殴りかかる準備に
せいを出していたのでしょう。
だから吉田拓郎の歌を聞いて......
でも がんばらないけどいいでしょう
私なりって事でいいでしょう
がんばらなくてもいいでしょう
私なりのペースでもいいでしょう
涙が止まらなくなったことも
しばしばでした。
でも、憧れの彼は優しい言葉で
私の脳天をぶちのめしてくれました。
みんな、夢なり目標なりを叶えるために
それが間違ってようが正しかろうが
手段を選ばない。
叶えなきゃ話にならないからね。
そりゃね、手段を選びたかったよ。
私の夢の場所にいる彼にそう言われたら、
がんばらないけどいいでしょうとは
言えなくなってしまいました。
傷ついた獣たちは最後の力で牙をむく
放っておいてくれと最後の力で嘘をつく
嘘をつけ永遠のさよならのかわりに
やりきれない事実のかわりに
吉田拓郎はいろいろ成し遂げた人だから、
あれを歌ってさまになるわけです。
明らかにこの人どうしたんだろうと
私には思えていた頃には、
中島みゆきに『永遠の嘘をついてくれ』と
言われてしまった訳ですね。
さて、まだ何も成し遂げぬ私は
永遠の嘘を誰につくのか。
君よ 永遠の嘘をついてくれ
いつまでもたねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ
出会わなければよかった人など
ないと笑ってくれ
思えば十何年ぶりの彼だけに限らず
妻にもK本さんにもあと......
何人の人にまだ旅の途中だと
言われたんでしょう。
きょうは何して楽しもうと
誘われ続けたのでしょう。
いろいろなければ滋賀にも来ず、
妻にだって会わなかったという事実を
私は迂闊にも見過ごしていました。
神も仏もないと彼は言いましたが、
六甲山にも富士山にもいない。
誰かが私を憎んでいると
自分の不幸を呪っていたのは
他でもない自分の勘違いだった......
永遠の嘘をついてくれ
出会わなければよかった人など
ないと笑ってくれ
時が過ぎて視点が変わると、
善人も悪となり悪人も善となる。
書き残すことが怖いのは
残酷なまでに私の変節を
突きつけてくれることです。
だから私は昔書いた小説も読めず、
この数ヶ月ブログを更新することが
全くできませんでした。
ただ、それじゃ楽しいことを
見つけられそうにもないんで、
シガチューを久しぶりに始めます。
そう言えば、つま恋で中島みゆきが
退場したあとに吉田拓郎が言っていた......
みんな年を経てきたから、
いい人になったんだよね。
若いころはいやな奴だったんだきっとね。
しばらく寝てて気がついたら、
吉田拓郎だけじゃない。
中島みゆきまでが
オールナイトニッポンをやっていました。
お久しぶりです。