松山に暮らし25年、砥部焼の存在は知っていましたが砥部焼の窯元巡りは初めてです。「砥部焼」と言うと、日用食器と言うイメージが強かったのですが、一掃されました。

砥部焼・・・愛媛県砥部町を中心に作られる陶磁器です。
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砥部町の名前の由来には二通りあります。

一つ目は、この地域に鳥が多く、貴族や武士の狩り場「鳥部(とりべ)」から変化したものであると言う説
二つ目は砥石の産地である砥石山があり砥石が多く採れることから、「砥石がある場所」から命名された説

砥石山から産出される砥石は平安時代から「伊予砥(いよと)」と呼ばれ全国的に有名だったそうです。
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6世紀頃には窯業が始まっており、8世紀には「正倉院文書」に伊予砥に関する記述がされています。

ただ、現在の磁器の焼き物の始まりは、江戸時代からです。

1.始まり
砥石の切出しの際に出る砥石屑の処理に困っていたところ、伊予砥の販売先「大阪の砥石問屋・和泉屋治兵衛」から大洲藩に磁器生産を進言したことから始まりました。(砥部って大洲藩に属していたのですね)
そして、試行錯誤を重ね、安永6年(1776年)についに白磁器の焼成に成功したのことです。

2.地理的要因
砥部町が砥部焼の産地としての繁栄には幾つかの地理的要因があります。
①砥石の産出地
②砥部川の水流を利用した砕石
③豊富な木材燃料
④伊予市三秋で釉薬の原料石発見
⑤登窯作りに有利な斜面の存在

そのため砥部町には多くの窯元が集積しています。

この次は、実際に巡った幾つかの窯元を紹介したいと思います。