(見えない仕組みを見る 709)

大河ドラマ「篤姫」を最後まで見終えました。

大河ドラマの中で一番人気だったわけがわかりました。

篤姫(宮崎あおいさん)は本当にすごい。

史実で言うとかなり篤姫像は変えられてるように感じたけど。

ドラマとしては見ごたえあったし、感動したし、泣けた。




ドラマの篤姫の見事な生き様は、母親(樋口可南子さん)の教えがベースにあるから。

母のお幸さんの教えは3つ、1つ目が第1回で出てきました。




第1回「天命の子」。

幼い於一(おかつ)は、海辺の小屋で男が苦しそうに横たわっているのを見て、水をあげる。
働いても年貢が厳しくて楽にならない、と訴える男。

なぜ自分は何もしてないのに食べられるのか?と思って於一はハンストする。
父に、私はなぜ食べられるのですか?と問うが、父は答えられない。

そこで、母は空腹の於一を連れ、田を見下ろせるところへ座らせる。



母「侍も百姓も、人の命の重さに変わりはありません。されど、役割は自ずと変わります」

「田畑を耕し、国を支えるのが百姓なら、その百姓たちを命投げうってでも守るのが武家の役割」

「父上は今、それを果たせてないのではないかと苦しんでおいでなのですが」

「そなたの優しい気持ちはわかります。されど、ただ百姓と足並み揃えるのみで、我らの役割が果たせましょうか!?」

「於一、武家のおなごはいざという時のために、覚悟を決めておかねばなりません。空き腹を抱えて、果たしてそれが出来ましょうか!?」


目の前で田を耕す百姓たちが大写しになる。


於一「役割?」

母「役割です」


於一は急にお腹が空いてうずくまる。

気がついた母は侍女に言っておにぎりを出してやる。

於一が母を見ると、おおきくうなずく。於一、ニコッとしておにぎりを食べ始める。


母「百姓たちが丹精込めて作った米です。心して食べるのですよ」


於一の正面に笑顔でしゃがむ母。


母「美味しいですか?」

於一「はい」

母「しっかり食べなされ」

於一「はい」

泣きながら食べる於一。




人にはそれぞれ役割がある、というのが1つ目の教え。

これがドラマの中で何回も出てきますね。




第1回「天命の子」

藩主・島津業興の側近、調所(ずしょ)は大赤字を抱える藩の財政を建て直した人。
手段を問わず、抜荷(ぬけに=密貿易)や偽金づくり、各地の領主には厳しい節約を命じた。
今和泉の島津家にも厳しい取りたてや指示を出し、領主である於一(おかつ)の父は領民を守れず苦しむ。

於一(=後の篤姫)は、父の苦しみを見ていられず、調所の屋敷へ押しかけ、調所と対面。


調所「それがしは今、琉球で抜荷をしております」

於一「ぬ、抜荷って…」

調所「ご公儀に固く禁じられておること。しかし、それも、これも、薩摩が生き抜くため」

  「それが、手前の役割にて」

於一「役割!?」

調所「百姓を苦しめ、あなた様の父君に難題を強いているのも、その役割への誇りあってこそ」

  「また、ご公儀の法に背くからには、この首差し出す覚悟は出来ておりまする」




調所を演じた平幹二郎さんがインタビューで答えてます。

篤姫が後に難題に遭う時、この調所の言った役割という言葉を思い出してもらえるよう、思いを込めたと。




第32回「桜田門外の変」

大老(徳川幕府の家臣の頂点)となった井伊直弼の、いわゆる「安政の大獄」の酷さに、大奥で大御台所となった天璋院篤姫は眉をひそめる。
それでも、井伊大老と2人だけで話し合うことに。

茶室で井伊大老の点てるお茶をいただき、今までで一番美味しいと伝える天璋院篤姫。


天璋院「そなたが流した血を、天に恥じることはないのか?」

井伊「ありません。私は、己の役割を果たしたまで」

天璋院「役割・・・」

井伊「役割にございます」

天璋院「そこまでの覚悟であったと!?」

井伊「はい」



この言葉に天璋院篤姫は深く得心し、この井伊大老とまた話をして折り合えることがあるのではと期待する。

その直後に「桜田門外の変」で井伊大老が暗殺される。




薩摩藩の調所、江戸幕府の井伊大老、どちらとも会見したというのは史実ではあり得ないでしょう。
ドラマでは、どう見ても悪役にしか思えないこの2人と会見し、それぞれが役割を口にする。

つまり、己の役割を果たす、というのは大河ドラマ「篤姫」の大きなキーワード。



良いことでも悪いと思えることでも、その人なりの役割がある。
覚悟している人にとっては、どう思われようと天に恥じることはない。

自分の役割、こんなことを幼少期に教わるなんて、ドラマでの篤姫のベースは母の存在が大きいですね。




見えない仕組みナビゲーター・真起子

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