「……………………」



和也の冷たい視線が
瞬間的に私の胸を刺した後。



「…………だよ………んなの………



震えるこの指先が、その痛みに抗わんとしてなのか、和也の視線の冷たさと反比例するかように熱を帯び始めた。




「……」



こちらに向けられているのは
黙ったままの丸い背中。

その背中に、私は何か他に掛けるべき言葉が…あったのかもしれない。



…いや、確かにあるんだけど。




「…………ヤダ……そんなの………嫌だ…………」



気付けばそう口にしていた。




〝そうだよね。〟



だなんて…

素直には言えなかった。




和也はというと、黙って背中を向けたまま ぴくりとも動かない。




今、どんな顔してるの…?



確かめたいけど
覗き込むのも何だか怖くって。




私もまた、動けないまま ーー









「………なの…?」



えっ……?




「…今、なんて??」



ようやく聞こえたその声を聞き取れなくて、思わず聞き返す。




「………バカなの? アナタ……」



…そうだよね。そりゃそうだよ。

こんな関係、いつまでも続けていいはずがないのに。

私には〝帰るべき場所〟があるのに。

和也は、私から〝解放〟されることを望んでいるっていうのに…





「……ごめんなさい…」



不意に口をついて出た言葉がそれだった。




私、なんてこと言っちゃったんだろう…なんて変なこと言ってしまったの…

…ごめん……ごめんね、和也…




「……アナタはさ、」



依然として、和也は背中を向けたままだけど。




「うん…」



その声は、いつもの和也だった。




「あの人のところに帰らなきゃいけないんだよ。」



分かってる。そんなこと。
最初から…




「…うん。」



和也は、まるで私を説得するみたいに。




「アナタを必要とする人がいるってこと、これで分かったでしょ?」



ゆっくりゆっくりと、言葉を紡いだ。




「…うん…」



私は、頷くことしか出来なくて。




「何よりアナタが、彼に伝えたいことを伝えられたんだから。」



和也はきっと、もう振り向いてなんかくれないんだと…




「……うん…」



なんか…そんな気がした。




「…だからもう、〝解放〟してやるよ…」



〝解放〟…


それはこっちの台詞だよね。

〝解放〟してあげなきゃいけないのは、私の方。




「………ねぇ、ひとつだけ教えて…?」



和也はそうやって、最後の最後まで自分の所為にするんだね。

この、罪深い関係のすべて。




「…なに。」



私を〝攫った〟のは自分なんだって…


だけどね、もういいんだよ。




「和也の、本当の気持ち。」



苦しめてごめんね。





「…なんで。」



和也は、家出した私を大事に匿ってくれていた。

私は、そんな和也の優しさに甘えた。

それがすべて。




「和也はいつも、私のこと気遣ってくれるよね。今だって、私のことばっかりだよ。…だからね、せめて最後くらい…最後くらいは、和也の本音を知りたいの。」



たくさんたくさん助けてくれたよね。
不安な夜から救い出してくれたよね。


そんな和也のことが、私は…

私は……



だから…だから最後にね…




「……言いたくない。」



ちゃんと謝って、ちゃんとお礼がしたい。

そう思うのに。




「どうして? …私のこと気にしてる? だったら、気遣いなんてもういいんだよ。私はただ、和也の本当の気持ちが…っ…」



〝言いたくない〟のは、それを言えば私が傷つくと思うから…?


それってつまり…
やっぱり…



私にとって、聞きたくない言葉。

それが和也の本音ってことなんだよね…




「関係ない。俺がアナタをどう思おうと。だから言いたくない。それだけよ。」



そしてあの時みたく。

和也は私を冷たい言葉で突き放した。




「………関係…なくないよ。」



でも、私は自分でも無意識のうちに言い放っていた。




「……え…?」



これはきっと、和也がくれた強い心があってこそ。

そう感じながら。




「関係なくないよ。…私、どうしても和也の本音が知りたいの。これで我が儘は最後にする。だから…教えて…?」



ずっと怖じ気づいてばかりいた私だけど、翔にちゃんと自分の想いを伝えられた。

渇いた心に水を与え湿らせるように。

向き合えるだけの強い心をくれたのは、紛れもなく和也なんだと…私の心が一番よく知っている。


そして、今度は私が受け止めたい。

和也の渇いた心、その冷えた眼差しでさえも…


~続~