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「遊ぼう」っていうと 
「遊ぼう」っていう。 

「馬鹿」っていうと 
「馬鹿」っていう。 

「もう遊ばない」っていうと
「遊ばない」っていう。 

そして、あとで 
さみしくなって、 

「ごめんね」っていうと 
「ごめんね」っていう。 

こだまでしょうか、 
いいえ、だれでも。


「こだまでしょうか」作詞  金子みすゞ

つながる花1

有名な詩。
作者の金子みすゞさんは26歳で毒を飲み自死されている。

今で言うところのDV夫から逃れ、娘を連れて実家に戻った彼女。一度は了承したはずの元夫が娘を引き取ると言い出した。父親の親権が強い時代。
娘をクズ夫に引き渡すくらいなら、と自ら死を選んだそう。
死をもって抵抗。
3歳の娘を残して死ぬくらいなら娘を連れ逃避の道を選べなかったものか、と、つい野暮なことを思ってしまうけれど、私なんかに知る由もない、想像も及ばない、彼女の事情、思いがあったのでしょう。
母親に娘を育ててほしいという願いを託した遺書、夫にはかなり恨み辛み?辛辣な遺書を残したとのこと。

キリスト教しかり、自死はいけない、一番いけない、とよく言います。
本人も死んでから後悔する、と聞いたことがある。

だけど、本当にそうなのか、自死について私にはよくわからないところがあります。
金子みすゞさんは、自分の死を後悔したのだろうか。

ふと、太宰治も、自分はバカなことをしたと悔やんだのだろうか?三島由紀夫も、後悔しただろうか?
そんなことを思ったけど、ちょっと想像つかない。
死を選ぶ理由は全然違うにしても。

自死は否定的にとられられがちな現代。だけど、彼等が残した作品は愛され、人に生きる勇気を与えてくれたこともきっと少なくない。
そんな彼等を含め、一概に自死は大罪、というのもちょっと乱暴な気がしてしまう。

彼等だけでなく、自死を選んだ理由はそれぞれにせよ、死にたくて死んだ人ばかりではないということ。
むしろ本当は生きたかった人、たくさんいたはず。
善悪をつけるのは簡単。でも、人の生き死にに関わることを乱暴に一括りにはできない。
まして、愛する人が去り残された人達の傷口に塩をぬるような、そんなことできない。

だから、まだよくわからない。
自死は悪いこと、と決めつけるのは違和感があるということ。
今はそんな風に思う。
また新しい考えが芽生えるときもくるだろう。



おかあさまは
おとなで大きいけれど、
おかあさまの
おこころはちいさい。

だって、おかあさまはいいました、
ちいさいわたしでいっぱいだって。

わたしは子どもで
ちいさいけれど、
ちいさいわたしの
こころは大きい。

だって、大きいおかあさまで、
まだいっぱいにならないで、
いろんなことをおもうから。


「こころ」  金子みすゞ