自分が何か一つでも、マイノリティー、弱者になると身をもって実感することです

無関心に見える理由は、ただ興味を持たない、のかもしれませんが、もしかしたら事実に直面するのが怖い、というのもあるのかもしれない

現実は時に目を覆いたくなるように残酷かもしれず、痛いものかもしれず。臭いものには蓋をしたくなるかもしれない

でもそんな現実に直面する本人にとっては、現実を受け入れることが、次に進む前提として避けられないのだということがわかります。
ここで言う、受け入れる、というのは、絶望とか諦めとは違って。あくまで前向きに進むため。
もちろん、受け入れる過程で、悲しみや絶望感は幾度と襲ってくる。
それほど辛い現実を受け入れるのは大変、至難。
そしてその様子を目の当たりする人は、目の前で起きている、そうした現実から目を逸らさず、むしろ一歩近寄ってみる

それが真摯、ということかな、と思う

だって、現実をもっと知ろうとすること、理解しようとすることは相手に興味をもつということ

そうでないと、関係性が上滑りになるばかりか、独り善がりで無意識に相手を傷つけかねない

もしかしたら知ったからといって、何もできないかもしれない。到底わからないかもしれない

でも、知ろうとすること。
それが、多くの人が願わくば
と望む、相手に寄り添う、ということかな、と思います。
と望む、相手に寄り添う、ということかな、と思います。