『老師と少年』南直哉(みなみじきさい)
111ページの本ですが、ゆったりとしたレイアウトです。
詩集程度の分量ですね。
ただし、はじめは哲学書かと思うような
抽象的な印象を受けます。
小説としては、具体性が不足しています。
宗教書といってもいいかもしれません。
仏教の理解の下地があれば、すっきりわかるのでしょうが、
それがないと、
なかなか理解できない部分があります。
それでも、なんとか感想を。
いろいろ悩む少年に老師が語っていくという形。
何度も老師の庵で話を聴いたたと、
その老師が、病でなくなってしまう。
伝聞で聴いた話として、少年に伝えられた言葉。
悩んでいる少年に対して、
「大切なのは答えではなく、
答えがわからなくてもやっていけることだ」
「やっていく方法は自分で見つけるしかない」
「生きる意味より死なない工夫だ」
それを聞いて、少年が笑った。
それを老師は予想して、
「その笑いの苦しさの分だけ、君は私を知ったことになる」
最後の言葉は、深い。
まだ、その意味がわからない部分が残ります。
ただ、全体的に答えを考え・求めるのではなく、
受けいれる・信じるということが強調されていたように思います。
そこが、宗教的な面ですが、
生き方としても
なるほどと思います。
111ページの本ですが、ゆったりとしたレイアウトです。
詩集程度の分量ですね。
ただし、はじめは哲学書かと思うような
抽象的な印象を受けます。
小説としては、具体性が不足しています。
宗教書といってもいいかもしれません。
仏教の理解の下地があれば、すっきりわかるのでしょうが、
それがないと、
なかなか理解できない部分があります。
それでも、なんとか感想を。
いろいろ悩む少年に老師が語っていくという形。
何度も老師の庵で話を聴いたたと、
その老師が、病でなくなってしまう。
伝聞で聴いた話として、少年に伝えられた言葉。
悩んでいる少年に対して、
「大切なのは答えではなく、
答えがわからなくてもやっていけることだ」
「やっていく方法は自分で見つけるしかない」
「生きる意味より死なない工夫だ」
それを聞いて、少年が笑った。
それを老師は予想して、
「その笑いの苦しさの分だけ、君は私を知ったことになる」
最後の言葉は、深い。
まだ、その意味がわからない部分が残ります。
ただ、全体的に答えを考え・求めるのではなく、
受けいれる・信じるということが強調されていたように思います。
そこが、宗教的な面ですが、
生き方としても
なるほどと思います。