4 非情の世界に抗して(後半)
収容所の生活の中に、ユーモアもあったと言ったならば驚くであろう。
(p131)
まったく、驚きました。おそらく殺伐とした生活でしょう。また、無感動になっているという記述の後ですから、本当に驚きました。
ユーモアもまた自己維持の闘いにおける心の武器である。
ユーモアは、辛い現実から数秒でも距離を置き、環境の上に自らを置くのに役にたつ。(p132)
あの状況の中で、ユーモアに目がいったのは、フランクルくらいではないでしょうか。
友達と少なくとも一日に一回は、愉快な話を見つけることをお互いの義務にしました。実際に行動にも移したのは、フランクルはさすがです。
ユーモアは、「物事を何らかの形で機智のある視点で見ようとする」ことですから、生活術として優れています。
それは、生活の「コントラスト効果」を引き起こします。
「コントラスト効果」としては、苦悩が「絶対的な」大きさではなく、「相対的な」のもとなります。逆に、ささやかなユーモアであっても、最大の喜びをもたらすことができたのでした。
「ユーモア」によって、「苦悩」の対抗軸を作ることで、「苦悩」を軽減することができるのです。
日常の生活で、「お笑い」は、心のリフレッシュに役立ちます。
でも、フランクルが置かれていた状況からは、想像もつきません。さすが、心理学者です。
5 発疹チブスの中へ
収容所の「喜び」は、
ショーペンハウエルの否定的な意味における幸福=苦悩から解放されている
であった。積極的な喜びは極めて稀であった。(p138)
発疹チフスにかかってしまったフランクルは、「病囚」に対する見方は、まったく違っっています。
我々は、病気になってしまったことを哀れに思うが、
当人は全くそうは思っていないだろうというのである。
それは、病気で寝ていなければならないことは、
強制労働をしなくて済むという否定的な意味における幸福な「静養」なのだと言います。だから、病囚は、内心ホッとしているし、病気で病舎に横たわっていることは幸せなことだったというのです。
これは、実際に体験していなければ出てこない感想です。
ここでわずかに疑問が生じました。
確かに、生命の維持が保証されていればの話です、
病人ということで「淘汰」される危険性が増したことにはならないのでしょうか。
フランクルが移動した場所は、ガスかまどがない場所だったので、これが許されたのでしょう。ガスかまどがある収容所だったら、病気はそのまま死を意味したわけですから。
彼は、体力の限界を感じ、労働中隊では間もなく力尽きると感じ、
別の収容所での医師としての勤務を希望しました。
フランクルは、このまま死んでしまうにしろ、自分の死には意味を持たせなければならないと考えました。
フランクルは、収容所内で行進で移動する場合、真ん中の位置を確保しました。
列の前や後ろは看視兵がいるし、列の端は訳もなく殴打される危険性があるからです。
「群衆の中に消えること」や「決して目立つな」が、保身の最高の掟でした。
アウシュヴィッツでフランクルが立てた原則。
それは、
「もし人が私に訊くのなら、私は真実を答える。問われないならば沈黙している。」
でした。
それは、正しかったようです。
医師としてとりたててもらったことも、聞かれもしない「精神科の専門医」であるということまで言っていたら、不利に作用したでしょう。
一般的な医者であることを期待されていたわけで、それ以上は言わぬが花だったのです。
こんな出来事もありました。
「病囚収容所」への輸送だと言っても、ガス室送りになるかもしれません。
それを逃れるためには、夜間労働をすれば列車に乗らなくて済むのです。ガス室送りを逃れるため、輸送されると予想された人々は、夜間労働を希望しました。そうすると、間もなく「移送」が取り消されました。夜間労働者を自ら希望した人々は、重労働を強要され、2週間以内に亡くなってしまいました。
はじめから、「移送」など無く、夜間労働者を集めるための「トリック」だったのです。
まさに、疑心暗鬼の状態です。
敵は囚人を騙すし、囚人も騙されまいと抵抗します。
この状況の中で、フランクルは、次の移送を受け入れます。
そのままガス室送りの危険性も大きいにもかかわらず。
この時、残る仲間に妻への遺言を託します。
仲間からは、憐みの眼差しで見られました。
後でわかったことは、この時点で奥さんは既に亡くなっていました。
そして遺言を託した仲間は命を失ったということです。
遺言は、伝わることはありませんでした。
ああ無常です。
6 運命と死のたわむれ
移送を希望したフランクルは、本当の移送であったことで安堵します。
憐みの眼差しで別れを告げられ、遺言を託した仲間が残った収容所は、
この後、人肉を食べるに至るような悲惨な状況になったのです。
伝言を託した仲間の方が、亡くなってしまいました。
まったくの幸運と偶然でしょうか。
「テヘランの死」の話もむなしいですね。
ある時、ペルシャ人の召使が死神に会ったことを驚き、死神も驚きました。
召使は、主人に駿馬を請い願い、テヘランに逃げま。
その後、主人が偶然にも死神と出会います。
主人は死神に問います。
なぜ召使とあった時驚いたのか、と。
死神いわく。
テヘランで出会うはずだったから。
どっちにしろ、召使は、死ぬ運命だったということです。
そこで、
「運命のなるままになるという原則。」
が重く感じられます。
強制収容所の決断は、突然判断しなければならず、それは、自分が存在するか、存在しなくなるかの命の決断になっています。
だから、苦しい決断の場面は、少ないのが一番よく、自分の運命にしたがうのです。
医師として務めるようになると、
回診や死体の処理など、宿舎外に出ることも可能となり、
友人の医師は、脱走を計画し、フランクルを誘います。
その話を聴き、否定しますが、秘密を打ち明けた友人は
何が何でもフランクルを道連れにしたいと考えているようでした。
仕方なく一端は同意しますが、
「運命の主役を演じない、という私の以前からの原則を破った」
ことで、やましい感情がますます広まっていき、結局断るのです。
脱走の誘惑に勝ち、それでも、脱走の希望を失った友人を見ての同意しました。
きわめて人間的なフランクルの判断です。
この時の苦悩はいかばかりだったでしょうか。
一端は、とん挫した脱走の計画ですが、
状況は一変しました。
収容所のお偉方たちが、突然いなくなったのです。
これは、ドイツ軍の劣勢を意味し、皆「撤収」しているのです。
夜のうちに、証拠隠滅のために、収容所に火がかけられるといううわさを聴き、
再び脱走を計画します。
脱走の準備が整って、いざ実行という段階になって、
逃走には食料が必要だと言って、友人が食料を探しに戻ります。
逃走する先は、戦火の戦場ですから、
生き延びられる保証はまったくありません。
でも、このまま残っていては、100%死を意味します。
友人はなかなか戻ってきません。
このままでは、脱走すら不可能になります。
この時のやきもきした気持ちは、相当だったと想像します。
戻ってこないまま、収容所の門が開きました。
ソビエト(ロシア)軍なら、万事休すです。
国際赤十字が入ってきました。
脱走はできませんでしたが、
戦火の中を逃げまどうより、
ここに残った方が安全になったということです。
なんという幸運なのでしょうか。
ところが、国際赤十字が来たというのに、
夜になると貨物自動車で親衛隊が現れました。
このままスイスに逃れ、戦争捕虜と交換されるのだそうです。
自動車に乗ることは、このまま戦場に留まらずに済み、すぐに自由を得ることができることを意味しました。
医師として乗り込めるはずだったフランクルですが、
上司が人数を数え間違い、置いていかれることになってしまいました。
「我々二人残された者は、驚き、失望し、憤慨しました。」
(p158)
脱走しようとしていたため、その場にいなかったので忘れられたのか、
ユダヤ人だったために、最後の最後に故意に忘れられたかわかりません。
おそらく、なおも逃亡を図っていると思われたのだろうと回想します。
自動車は出ていってしまいました。
深い失望とまだ車が来るかもしれないというかすかな希望が交錯する「神経戦」である緊張した夜を迎えました。
この夜の落胆は、大きかったに違いありません。
数週間後、この時自由の道に向かって行ったはずの仲間たちの悲しい顛末を知ることになります。
それは、近くの別の収容所に移送され、小屋ごと火をかけられていたのでした。
最後の最後の証拠隠滅のための、「生き証人の口封じ」だったのです。
運命とは全くわかりません。
フランクルは、
「生命か死かが問題であるような人間の決断が、どんなに疑わしいものかを体験した。」
と振り返ります。
このように、運命の前では、人間は無力です。
運命に身を任せ、受け入れることが重要だということです。
自らの運命に抗うのではなく、
自らの運命を受け入れることが、賢明だということです。
これは、宗教にも通じることなのではないかと思います。
宗教がわからない私ですから、あくまでも想像ですが。
神様の定めである運命は、それを素直に受け入れるべきなのです。
運命に抗ったとしても、人智の及ぶ範囲ではありません。
フランクルの話から考えれば、
今までの自分の運命は、きっと最高の運命だったのではないかと思えてきました。
将来については、よい運命や悪い運命などと考えてしまい、
人生の岐路には、どちらを選択するか悩むことでしょう。
でも、結果として選択した道が、
自分にとって最良の運命だったと信じる、
そう信じられれば、
自ずと幸せになるのではないかなと思います。
(第二段階その3に続きます)
収容所の生活の中に、ユーモアもあったと言ったならば驚くであろう。
(p131)
まったく、驚きました。おそらく殺伐とした生活でしょう。また、無感動になっているという記述の後ですから、本当に驚きました。
ユーモアもまた自己維持の闘いにおける心の武器である。
ユーモアは、辛い現実から数秒でも距離を置き、環境の上に自らを置くのに役にたつ。(p132)
あの状況の中で、ユーモアに目がいったのは、フランクルくらいではないでしょうか。
友達と少なくとも一日に一回は、愉快な話を見つけることをお互いの義務にしました。実際に行動にも移したのは、フランクルはさすがです。
ユーモアは、「物事を何らかの形で機智のある視点で見ようとする」ことですから、生活術として優れています。
それは、生活の「コントラスト効果」を引き起こします。
「コントラスト効果」としては、苦悩が「絶対的な」大きさではなく、「相対的な」のもとなります。逆に、ささやかなユーモアであっても、最大の喜びをもたらすことができたのでした。
「ユーモア」によって、「苦悩」の対抗軸を作ることで、「苦悩」を軽減することができるのです。
日常の生活で、「お笑い」は、心のリフレッシュに役立ちます。
でも、フランクルが置かれていた状況からは、想像もつきません。さすが、心理学者です。
5 発疹チブスの中へ
収容所の「喜び」は、
ショーペンハウエルの否定的な意味における幸福=苦悩から解放されている
であった。積極的な喜びは極めて稀であった。(p138)
発疹チフスにかかってしまったフランクルは、「病囚」に対する見方は、まったく違っっています。
我々は、病気になってしまったことを哀れに思うが、
当人は全くそうは思っていないだろうというのである。
それは、病気で寝ていなければならないことは、
強制労働をしなくて済むという否定的な意味における幸福な「静養」なのだと言います。だから、病囚は、内心ホッとしているし、病気で病舎に横たわっていることは幸せなことだったというのです。
これは、実際に体験していなければ出てこない感想です。
ここでわずかに疑問が生じました。
確かに、生命の維持が保証されていればの話です、
病人ということで「淘汰」される危険性が増したことにはならないのでしょうか。
フランクルが移動した場所は、ガスかまどがない場所だったので、これが許されたのでしょう。ガスかまどがある収容所だったら、病気はそのまま死を意味したわけですから。
彼は、体力の限界を感じ、労働中隊では間もなく力尽きると感じ、
別の収容所での医師としての勤務を希望しました。
フランクルは、このまま死んでしまうにしろ、自分の死には意味を持たせなければならないと考えました。
フランクルは、収容所内で行進で移動する場合、真ん中の位置を確保しました。
列の前や後ろは看視兵がいるし、列の端は訳もなく殴打される危険性があるからです。
「群衆の中に消えること」や「決して目立つな」が、保身の最高の掟でした。
アウシュヴィッツでフランクルが立てた原則。
それは、
「もし人が私に訊くのなら、私は真実を答える。問われないならば沈黙している。」
でした。
それは、正しかったようです。
医師としてとりたててもらったことも、聞かれもしない「精神科の専門医」であるということまで言っていたら、不利に作用したでしょう。
一般的な医者であることを期待されていたわけで、それ以上は言わぬが花だったのです。
こんな出来事もありました。
「病囚収容所」への輸送だと言っても、ガス室送りになるかもしれません。
それを逃れるためには、夜間労働をすれば列車に乗らなくて済むのです。ガス室送りを逃れるため、輸送されると予想された人々は、夜間労働を希望しました。そうすると、間もなく「移送」が取り消されました。夜間労働者を自ら希望した人々は、重労働を強要され、2週間以内に亡くなってしまいました。
はじめから、「移送」など無く、夜間労働者を集めるための「トリック」だったのです。
まさに、疑心暗鬼の状態です。
敵は囚人を騙すし、囚人も騙されまいと抵抗します。
この状況の中で、フランクルは、次の移送を受け入れます。
そのままガス室送りの危険性も大きいにもかかわらず。
この時、残る仲間に妻への遺言を託します。
仲間からは、憐みの眼差しで見られました。
後でわかったことは、この時点で奥さんは既に亡くなっていました。
そして遺言を託した仲間は命を失ったということです。
遺言は、伝わることはありませんでした。
ああ無常です。
6 運命と死のたわむれ
移送を希望したフランクルは、本当の移送であったことで安堵します。
憐みの眼差しで別れを告げられ、遺言を託した仲間が残った収容所は、
この後、人肉を食べるに至るような悲惨な状況になったのです。
伝言を託した仲間の方が、亡くなってしまいました。
まったくの幸運と偶然でしょうか。
「テヘランの死」の話もむなしいですね。
ある時、ペルシャ人の召使が死神に会ったことを驚き、死神も驚きました。
召使は、主人に駿馬を請い願い、テヘランに逃げま。
その後、主人が偶然にも死神と出会います。
主人は死神に問います。
なぜ召使とあった時驚いたのか、と。
死神いわく。
テヘランで出会うはずだったから。
どっちにしろ、召使は、死ぬ運命だったということです。
そこで、
「運命のなるままになるという原則。」
が重く感じられます。
強制収容所の決断は、突然判断しなければならず、それは、自分が存在するか、存在しなくなるかの命の決断になっています。
だから、苦しい決断の場面は、少ないのが一番よく、自分の運命にしたがうのです。
医師として務めるようになると、
回診や死体の処理など、宿舎外に出ることも可能となり、
友人の医師は、脱走を計画し、フランクルを誘います。
その話を聴き、否定しますが、秘密を打ち明けた友人は
何が何でもフランクルを道連れにしたいと考えているようでした。
仕方なく一端は同意しますが、
「運命の主役を演じない、という私の以前からの原則を破った」
ことで、やましい感情がますます広まっていき、結局断るのです。
脱走の誘惑に勝ち、それでも、脱走の希望を失った友人を見ての同意しました。
きわめて人間的なフランクルの判断です。
この時の苦悩はいかばかりだったでしょうか。
一端は、とん挫した脱走の計画ですが、
状況は一変しました。
収容所のお偉方たちが、突然いなくなったのです。
これは、ドイツ軍の劣勢を意味し、皆「撤収」しているのです。
夜のうちに、証拠隠滅のために、収容所に火がかけられるといううわさを聴き、
再び脱走を計画します。
脱走の準備が整って、いざ実行という段階になって、
逃走には食料が必要だと言って、友人が食料を探しに戻ります。
逃走する先は、戦火の戦場ですから、
生き延びられる保証はまったくありません。
でも、このまま残っていては、100%死を意味します。
友人はなかなか戻ってきません。
このままでは、脱走すら不可能になります。
この時のやきもきした気持ちは、相当だったと想像します。
戻ってこないまま、収容所の門が開きました。
ソビエト(ロシア)軍なら、万事休すです。
国際赤十字が入ってきました。
脱走はできませんでしたが、
戦火の中を逃げまどうより、
ここに残った方が安全になったということです。
なんという幸運なのでしょうか。
ところが、国際赤十字が来たというのに、
夜になると貨物自動車で親衛隊が現れました。
このままスイスに逃れ、戦争捕虜と交換されるのだそうです。
自動車に乗ることは、このまま戦場に留まらずに済み、すぐに自由を得ることができることを意味しました。
医師として乗り込めるはずだったフランクルですが、
上司が人数を数え間違い、置いていかれることになってしまいました。
「我々二人残された者は、驚き、失望し、憤慨しました。」
(p158)
脱走しようとしていたため、その場にいなかったので忘れられたのか、
ユダヤ人だったために、最後の最後に故意に忘れられたかわかりません。
おそらく、なおも逃亡を図っていると思われたのだろうと回想します。
自動車は出ていってしまいました。
深い失望とまだ車が来るかもしれないというかすかな希望が交錯する「神経戦」である緊張した夜を迎えました。
この夜の落胆は、大きかったに違いありません。
数週間後、この時自由の道に向かって行ったはずの仲間たちの悲しい顛末を知ることになります。
それは、近くの別の収容所に移送され、小屋ごと火をかけられていたのでした。
最後の最後の証拠隠滅のための、「生き証人の口封じ」だったのです。
運命とは全くわかりません。
フランクルは、
「生命か死かが問題であるような人間の決断が、どんなに疑わしいものかを体験した。」
と振り返ります。
このように、運命の前では、人間は無力です。
運命に身を任せ、受け入れることが重要だということです。
自らの運命に抗うのではなく、
自らの運命を受け入れることが、賢明だということです。
これは、宗教にも通じることなのではないかと思います。
宗教がわからない私ですから、あくまでも想像ですが。
神様の定めである運命は、それを素直に受け入れるべきなのです。
運命に抗ったとしても、人智の及ぶ範囲ではありません。
フランクルの話から考えれば、
今までの自分の運命は、きっと最高の運命だったのではないかと思えてきました。
将来については、よい運命や悪い運命などと考えてしまい、
人生の岐路には、どちらを選択するか悩むことでしょう。
でも、結果として選択した道が、
自分にとって最良の運命だったと信じる、
そう信じられれば、
自ずと幸せになるのではないかなと思います。
(第二段階その3に続きます)