3月24日から2泊3日
3月に入って寒暖の差が大きかった時に風邪をひいてしまい、その後に元会社の部下が亡くなって葬儀に参列したら風邪をこじらせてしまった。
葬儀参列自体は、長い間同じ仕事した部下を顔を見てお見送りできたことは良かったと思っています。
そんなこんなで、3月中旬に長崎のハウステンボスへチューリップを撮りに行こうと思っていましたが止めにしました。
今回は北海道新幹線の開業に合わせて出かけるので、体調を整えて出発しました。
1日目(札幌へ)
羽田空港から札幌へ。
今回はJAL使用で第一ターミナルからなので、モノレールを降りてB1FのサブウェイでBLTとローストビーフを買って搭乗待合室で昼食にしました。
千歳は曇りでしたが、札幌に入ると粉雪が舞っていました。
ホテルにチェックインして夜のすすきのへ。
粉雪舞い散る盛り場は・・・。
北酒場の世界です。
1軒目は馴染みの料理屋さんです。
お通しの牡蠣のオリーブ漬けでビールを飲み、日本酒に切り替えてお刺身の盛り合せを頼んだら根室の雲丹、大間の鮪、北海ボタン海老、函館活やりいかでした。
孟宗竹とハマグリの煮物椀と子持ち春ニシン塩焼き頼み、若女将と話をしていたら「この時期にいらっしゃるということは新幹線に乗りに来たのですか」と行動がバレバレでした。
締めに幌加内の蕎麦を頂き店を後にしました。
2軒目に馴染みのバーへ行ったらお客さんが居ず、マスターが一人で日本代表戦のサッカーをテレビ観戦していたので、一緒に見ながらお酒を飲みました。
その後スナックへ行ってホテルに帰りました。
2日目(市場から白い恋人パークへ)
ホテルで朝食を食べずにドトールに行ってミラノサンドAとアイスコーヒーを頼み、道新スポーツを見ながらゆっくりしました。
市場に行って八百屋の社長に挨拶して、お茶をもらってストーブに当たりながら歓談しました。
アスパラでも送ろうかなと思いましたが、まだハウスものだから送らない方がいいよと言うので止めにしました。
11時半頃になってどこかで昼食にしようかと思いそろそろお暇しようとしたら、朝から降ったりやんだりしていた雪が吹雪になったのでもうしばらくストーブに当たって行くことにしたら、社長の奥さんがまかない飯を用意してくれて「食べて行きなよ」というので遠慮なくご馳走になってしまいました。

マグロのぶつ切りに明太子にオニオンとツナの和え物のまかない飯
雪がやんでどこかへ出かけようかと思い、地下鉄東西線の二十四軒から先の宮の沢方面へは行ったことがなかったので、宮の沢に行き石屋製菓の白い恋人パークに行くことにしました。
初めての白い恋人パークでしたが、若いカップルや家族連れで行くところでおじさんが一人で行くところではないと思い、あられも降ってきたので早々に引き揚げました。

札幌駅に戻りお土産屋さんを覗いたら、期間限定の北海道東北限定で受注生産の「北海道新幹線開業記念限定醸造」のサッポロ黒ラベルがあったので、友人と自宅に1ケースづつ送りました。

ホテルに戻り、夕飯は以前から昼間行った八百屋の社長に勧められていたステーキ屋さんへ行くことにしました。
社長に予約を取ってもらいましたが、週末金曜日とあって6時からの予約が取れず8時半からになりました。
ホテルでプロ野球の開幕戦をちょっと見て、すすきののバーへ早めに行って酒を飲みながらテレビで野球観戦をして、ステーキ屋の予約時間を待つことにしました。
ステーキ屋さんは雰囲気も良く従業員の教育も良いので、気持ちよく食事ができてお酒も美味しかったです。
納品している八百屋の社長の紹介ということで気を使ってくれたのかもしれません。
八百屋の社長曰く「あの店は納品する品物について一切値段のことは言わない。ただ良いものを入れろと言うだけなので。うちも厳選して入れている。」と。
ローストビーフとステーキのセットのコースにしてステーキはシャトーブリアンにしました。
お酒は赤ワインのグラスを何種類か頂きました。
大満足して店を後にしてスナックに寄ってホテルに戻りました。
3日目(北海道新幹線開業)
朝食を駅構内の立ち食いソバ屋で食べて丘珠空港に向かいました。
丘珠空港は初めてです。

札幌から函館まで飛行機で行きます。
テイクオフからランディングまで実質の飛行時間は30分で函館空港に着きました。

函館駅に着くと、函館駅では今まで見たことのないような人の数で大賑わいです。
あまりに人が多いので、早めにお昼にすることにしました。
駅構内や駅近くのどんぶり横丁は大混雑でしたので、奥の雲丹専門問屋が直営する店で「無添加生うに丼」にしました。

午後は函館山か金森倉庫辺りに行こうかとも思いましたが、函館駅が大混雑しているので行くのを止めて、28年前の感慨に浸るため函館桟橋に係留されている摩周丸に見学に行きました。



28年前青函連絡船の最終日に、今は青森桟橋に係留されている八甲田丸に乗船して津軽海峡を渡りました。
自宅を出る前に紙テープを100本用意して乗船しました。
友人には笑われましたが、出港時に岸に向かってテープを投げたら雰囲気がでました。
周りの人にも差し上げたら喜んで、いつの間にかテープを配っているという話になって、「私にもください」と人が集まってきて瞬く間にテープが無くなりました。
当時出港時に本当はテープを投げてはいけなかったのですが、当日は黙認してくれました。
最終日の出港風景が多くの新聞や雑誌に載りましたが、写真は八甲田丸の出港風景が一番多かったと覚えています。
たぶん別れのテープが一番多かったからだと思います。
その写真を見たときに、半分は私が用意したテープだなと思いました。
28年前の1988年3月13日に青函連絡船が廃止になり、翌日から青函トンネルを抜ける在来線特急が走り出し、そして数日前在来線の旅客列車が廃止になり、この日津軽海峡を越えて新幹線がやってきました。
感慨深いものがあります。
函館駅に戻り、駅のトイレに行ったら行列だったので駅前のどんぶり横丁のトイレへ行ったら、もう品切れで閉店している店もありました。
3時から航空自衛隊のブルーインパルスの祝賀飛行があるので、その前には混雑がピークに達しました。
祝賀飛行には珍しく20分たっぷりと曲技編隊飛行をやりました。
航空祭に行ったことのない人も多いみたいで、スモークを焚いて編隊でT2が飛んでくるときゃーきゃー行っている人もいました。





帰りの新幹線で食べようと弁当を買おうとしたらほぼ完売でした。
ブルーインパルスの祝賀飛行後の「はこだてライナー」で新函館北斗へ向かいましたが、車内は満員でした。


函館駅構内には数日前までスーパー白鳥で使われていた車両が眠っていました。
新函館北斗ではイベントの食べ物屋の屋台ではすでに売り切れで閉まっている店ばかりでした。

弁当は一種類しか残っていませんでしたので、仕方なくそれを買って新幹線車内に乗り込みました。
一番列車は25秒で売切れたそうですが、私の乗った隣の席は新函館北斗から東京まで誰も乗ってきませんでした。
今後の課題は乗車率をいかに上げていくかでしょうか。
3月に入って寒暖の差が大きかった時に風邪をひいてしまい、その後に元会社の部下が亡くなって葬儀に参列したら風邪をこじらせてしまった。
葬儀参列自体は、長い間同じ仕事した部下を顔を見てお見送りできたことは良かったと思っています。
そんなこんなで、3月中旬に長崎のハウステンボスへチューリップを撮りに行こうと思っていましたが止めにしました。
今回は北海道新幹線の開業に合わせて出かけるので、体調を整えて出発しました。
1日目(札幌へ)
羽田空港から札幌へ。
今回はJAL使用で第一ターミナルからなので、モノレールを降りてB1FのサブウェイでBLTとローストビーフを買って搭乗待合室で昼食にしました。
千歳は曇りでしたが、札幌に入ると粉雪が舞っていました。
ホテルにチェックインして夜のすすきのへ。
粉雪舞い散る盛り場は・・・。
北酒場の世界です。
1軒目は馴染みの料理屋さんです。
お通しの牡蠣のオリーブ漬けでビールを飲み、日本酒に切り替えてお刺身の盛り合せを頼んだら根室の雲丹、大間の鮪、北海ボタン海老、函館活やりいかでした。
孟宗竹とハマグリの煮物椀と子持ち春ニシン塩焼き頼み、若女将と話をしていたら「この時期にいらっしゃるということは新幹線に乗りに来たのですか」と行動がバレバレでした。
締めに幌加内の蕎麦を頂き店を後にしました。
2軒目に馴染みのバーへ行ったらお客さんが居ず、マスターが一人で日本代表戦のサッカーをテレビ観戦していたので、一緒に見ながらお酒を飲みました。
その後スナックへ行ってホテルに帰りました。
2日目(市場から白い恋人パークへ)
ホテルで朝食を食べずにドトールに行ってミラノサンドAとアイスコーヒーを頼み、道新スポーツを見ながらゆっくりしました。
市場に行って八百屋の社長に挨拶して、お茶をもらってストーブに当たりながら歓談しました。
アスパラでも送ろうかなと思いましたが、まだハウスものだから送らない方がいいよと言うので止めにしました。
11時半頃になってどこかで昼食にしようかと思いそろそろお暇しようとしたら、朝から降ったりやんだりしていた雪が吹雪になったのでもうしばらくストーブに当たって行くことにしたら、社長の奥さんがまかない飯を用意してくれて「食べて行きなよ」というので遠慮なくご馳走になってしまいました。

マグロのぶつ切りに明太子にオニオンとツナの和え物のまかない飯
雪がやんでどこかへ出かけようかと思い、地下鉄東西線の二十四軒から先の宮の沢方面へは行ったことがなかったので、宮の沢に行き石屋製菓の白い恋人パークに行くことにしました。
初めての白い恋人パークでしたが、若いカップルや家族連れで行くところでおじさんが一人で行くところではないと思い、あられも降ってきたので早々に引き揚げました。

札幌駅に戻りお土産屋さんを覗いたら、期間限定の北海道東北限定で受注生産の「北海道新幹線開業記念限定醸造」のサッポロ黒ラベルがあったので、友人と自宅に1ケースづつ送りました。

ホテルに戻り、夕飯は以前から昼間行った八百屋の社長に勧められていたステーキ屋さんへ行くことにしました。
社長に予約を取ってもらいましたが、週末金曜日とあって6時からの予約が取れず8時半からになりました。
ホテルでプロ野球の開幕戦をちょっと見て、すすきののバーへ早めに行って酒を飲みながらテレビで野球観戦をして、ステーキ屋の予約時間を待つことにしました。
ステーキ屋さんは雰囲気も良く従業員の教育も良いので、気持ちよく食事ができてお酒も美味しかったです。
納品している八百屋の社長の紹介ということで気を使ってくれたのかもしれません。
八百屋の社長曰く「あの店は納品する品物について一切値段のことは言わない。ただ良いものを入れろと言うだけなので。うちも厳選して入れている。」と。
ローストビーフとステーキのセットのコースにしてステーキはシャトーブリアンにしました。
お酒は赤ワインのグラスを何種類か頂きました。
大満足して店を後にしてスナックに寄ってホテルに戻りました。
3日目(北海道新幹線開業)
朝食を駅構内の立ち食いソバ屋で食べて丘珠空港に向かいました。
丘珠空港は初めてです。

札幌から函館まで飛行機で行きます。
テイクオフからランディングまで実質の飛行時間は30分で函館空港に着きました。

函館駅に着くと、函館駅では今まで見たことのないような人の数で大賑わいです。
あまりに人が多いので、早めにお昼にすることにしました。
駅構内や駅近くのどんぶり横丁は大混雑でしたので、奥の雲丹専門問屋が直営する店で「無添加生うに丼」にしました。

午後は函館山か金森倉庫辺りに行こうかとも思いましたが、函館駅が大混雑しているので行くのを止めて、28年前の感慨に浸るため函館桟橋に係留されている摩周丸に見学に行きました。



28年前青函連絡船の最終日に、今は青森桟橋に係留されている八甲田丸に乗船して津軽海峡を渡りました。
自宅を出る前に紙テープを100本用意して乗船しました。
友人には笑われましたが、出港時に岸に向かってテープを投げたら雰囲気がでました。
周りの人にも差し上げたら喜んで、いつの間にかテープを配っているという話になって、「私にもください」と人が集まってきて瞬く間にテープが無くなりました。
当時出港時に本当はテープを投げてはいけなかったのですが、当日は黙認してくれました。
最終日の出港風景が多くの新聞や雑誌に載りましたが、写真は八甲田丸の出港風景が一番多かったと覚えています。
たぶん別れのテープが一番多かったからだと思います。
その写真を見たときに、半分は私が用意したテープだなと思いました。
28年前の1988年3月13日に青函連絡船が廃止になり、翌日から青函トンネルを抜ける在来線特急が走り出し、そして数日前在来線の旅客列車が廃止になり、この日津軽海峡を越えて新幹線がやってきました。
感慨深いものがあります。
函館駅に戻り、駅のトイレに行ったら行列だったので駅前のどんぶり横丁のトイレへ行ったら、もう品切れで閉店している店もありました。
3時から航空自衛隊のブルーインパルスの祝賀飛行があるので、その前には混雑がピークに達しました。
祝賀飛行には珍しく20分たっぷりと曲技編隊飛行をやりました。
航空祭に行ったことのない人も多いみたいで、スモークを焚いて編隊でT2が飛んでくるときゃーきゃー行っている人もいました。





帰りの新幹線で食べようと弁当を買おうとしたらほぼ完売でした。
ブルーインパルスの祝賀飛行後の「はこだてライナー」で新函館北斗へ向かいましたが、車内は満員でした。


函館駅構内には数日前までスーパー白鳥で使われていた車両が眠っていました。
新函館北斗ではイベントの食べ物屋の屋台ではすでに売り切れで閉まっている店ばかりでした。

弁当は一種類しか残っていませんでしたので、仕方なくそれを買って新幹線車内に乗り込みました。
一番列車は25秒で売切れたそうですが、私の乗った隣の席は新函館北斗から東京まで誰も乗ってきませんでした。
今後の課題は乗車率をいかに上げていくかでしょうか。