私は不器用である。
あれもこれもは、できない。
さらに基礎体力もない。
ないのに、体力精神力をフルに使わなければいけない職種についていた。
これも幼少期の反動、人に必要とされたかった。
気を抜くと人の命に関わることもある職種。
独身時代は仕事だけに集中していればよかった。
子が産まれて、産まれる前から、決めていたことがある。
何もできなくても子どもに向き合い続けよう、ということ。
向き合い、些細なことに笑ったり怒ったり、困った時は気づいて手をかけてあげられるように。
私は、そうして欲しかった。
私の両親は決してひどい親ではなかったけれど、私のことは見てくれていなかったな、って。
責任のある仕事をしていれば、まず仕事に集中しなければいけない。
だから、両親が私たち子どものことが二の次になっていたのは理解できる。
大したことは言ったりしてあげられないかもしれない。
時には感情的になったり、理不尽なこと言ったりもする。
でも、ずっと自分を見てくれていた、という事実は
きっと生きていく上で大きな力になると思う。
少なくとも私みたいにはならない、って。
人生生きていく上で、大なり小なり、乗り越えなきゃいけない壁は出てくる。
それは誰しも同じこと。
そのベース、こども時代は、トラウマや心の枷になるようなことを、家庭が原因でもって欲しくない。
子どもらしい子ども時代を送ってほしい。
反抗期や思春期でつまづくことはあるだろうけど、
私のような根本的な根深い精神的なトラウマを抱えて欲しくない。
何があっても、私はあなたたちの味方、いつも見守っているよ、
これを伝え続けていきたい。