島でした!
めちゃめちゃ島(*´∇`*)
「山と海」「緑と青」
…そして太陽☆
『居るだけで癒される』
そんな島
植物園をお散歩したり
郷土料理を食べたり
滝を観たり
温泉入ったり
島のお酒を飲んだり
海に行ったり
バーベキューしたり
魚釣りしたり
織物工房を見学したり
くさや作りを見学したり
古民家に行ってみたり
スナック行ったり
盛りだくさんの旅!
町の標語
『こんにちは
知らない人にも挨拶を』
びっくり…(ノ゜O゜)ノ
だってだって
「危ないから知らない人と話してはいけません!!」
…ってずっと言われてきたから
同じ東京なのに!?
…ショック(/--)/
標語通り、島の人はみんな本当に優しかったです(^^)
温泉で仲良くなったお母さん達が島の民謡を歌ってくれました☆
『潮梅節(しょめぶし)』
合いの手が可愛いのです(*^.^*)
「しょめ~しょめ~♪」
湯船でみんなで大合唱!
最高でした!!(;O;)
『鬼がいるかと思って来てみたら、実はとってもいい島…』みたいな歌詞
八丈島は昔は「島流し」の罪人…流人が流される島でした
八丈島の人を流人の子孫と勘違いしている人もいるようですがそれは間違い!
八丈島にはその遥か昔から人が住んでいます
島流しが開始された頃
流されたのは、幕府が無謀を恐れるような知恵も教養も地位もある人物
処刑するような大罪をおかしてはいないけど江戸においておくには不安…
故に生まれた「島流し」
極刑に次ぐ刑だからこそ受刑者はみんなどんな悲惨な出来事が待ち受けているのかと恐れながら島に行きます
それこそ
「鬼がいるかも…」
なんて思いながら
でもでも、着いてみたら島のみんなは本当に穏やかで、拷問や重労働も無いのです
ただ自分の稼ぎを得なければならないのでみんな試行錯誤して、教室を開いたり、お店を開いたり…
図らずも、流人が江戸の文化を島に伝えて発展に貢献したようです
だからでしょうか?
島の人は流人の島だったことを負の要素と思っていません。
あっけらかんと話してくれます☆
『島流し』って名前のお酒があったりロゴ入りTシャツがあったりするくらいあっけらかん(^^)
流人の中には島の人と家庭を持った人もいるようです
体裁上、「女房」とは呼べないから「水汲み女」と呼んでいたそうですが、釈免されて江戸に戻る流人の中には一緒に帰って「夫婦」となった例もあるようです
その後、綱吉の時代になると、かの有名な「生類憐れみの令」で『島流し』される人が続出。
「燕が吹き矢で射落とされるのを見ていた刑」
「猫が井戸に落ちるのを助けなかった刑」
…マジですか?(@_@)
昭和に産まれて良かった…(;_;)
その後は凶悪犯も送られるようになったそうで明るい話ばかりでも無いようですが…
『島流し』になった全ての人の「名前、罪名、その後」の記録が残っていてびっくりしました
どこに行っても
何をしても
「歴史」を感じる島
行きは船で11時間
帰りは飛行機で40分
ほえ(´・ω・`)
びっくりする位あっという間☆
一泊二日でもめちゃめちゃ充実した時間を過ごせる超お勧めリゾートでした(^^)
他の島にも行きたくなっちゃった♪
