年末にふさわしい話かどうか分かりませんけれども。

 

バスに乗り後部座席に座ったら

次の停留所で後期高齢者と思しき女性が乗ってきて

私の前の席に座りました。

とても地味な服装で、次に会っても覚えていないだろう

という印象です(仮にAさん)

2~3人後からまた後期高齢者と思しき女性が乗りこんできて

Aさんの隣が空いているのを見つけニコニコ顔で

「ここ、よろしいかしら?」といいながら座りました。

その人はAさんとは正反対な明るいお洒落な服装でした。

(仮にBさんね)

Bさん若い頃にはさぞお美しかったことでしょう。

今でもそれを自覚している風で

銀髪のショートカットに手編み風の紫のニットベレー帽を載せてます。

それには刺繍が施してあり金のピンで髪に留めている。

こういうベレー帽を嫌味なく被れるのは大分お月謝を払った証拠で

私なんぞマネできませんわ。

 

紫のベレー帽、いやBさんが私のすぐ目の前に落ち着いたので

ひたすら関心して眺めていたら

図らずもこの二人の会話を聞くことになってしまいました。

 

席に落ち着くと同時に

BさんはAさんに

「○○でご一緒じゃないの?」と問いかけました。

でもAさんはほとんどノーリアクション。

 

○○とは老人サークルみたいなものだろうか?

とにかく同じ地域の人同士みたいだ。

 

BさんはAさんの無反応など全然気にしていない様子で

「お一人でお出かけして大丈夫?ご不便ないですか?」と聞く。

どうやら少しはAさんの生活環境を知っているらしい。

ここでAさんは、ようやく話し出した。

「すぐ近くに子供たちが住んでいるのでよく行き来してるんですよ」

つまりAさんは独り暮らしだけれど

身寄りがない訳ではない、といいたいらしい。

 

この話にBさんは大喜びで喰い付いた(ように見えた)。

「あら、それは安心ですね。」

それから身を乗り出し

「うちは子供たちが遠くに住んでいるもので…

子供たちも孫もたーくさんいるんですよ。

でも、このお正月は来なくていいと断ったの。

以前は大勢来て賑やかだったけれどねえ」

 

そしていった。

「まだ主人がいるもので。90歳ですけどとても元気にしてますの」

 

ここに至って

私は何となくAさんが気の毒になりました。

一人暮らしだからではなく

Bさんが隣にいて逃げ出せないからです。

 

Bさんはいつも華やかな雰囲気を振りまきつつ

今風にいえばマウントをとるタイプなのでしょう。

○○で(←それが老人サークルなら)Bさんの存在を知っているからこそ

Aさんはとぼけ通したかったのではないかと

ま、大きなお世話ですけれど同情したのでした。

 

幸いにも?Bさんは次の停留所で降りたので

Aさんはお義理の相槌から解放されたのでした。

 

それにしても耳に残ったのは

「まだ主人がいる」というフレーズ。

 

今までも何回か老婦人たちから聞きました。

 

私たちは何気なく「まだ」という言葉を使っていて

まだ幼稚園、まだ小学生…まだ学生

まだ結婚しない

まだ子供がいない

などといいつつ

人生の後半になって

「まだ主人がいる」になるのか。

 

「まだ女房がいる」と聞いたことはないけれども。

 

こんなことをあれこれ考えていたら

人生の最後になって、

もう一つ「まだ」があることに気が付きました。

それを本人がいうのか

それとも周りの人がいうのか

突き詰めると怖くなったので考えるのはやめました。

 

と、ここで終わると何だか暗いけれど

その帰り道で、もう一人老婦人に会いました。

 

ビルのエレベーターの入り口で

ベビーカーを先に乗せてあげようとしたその人が

斜めになったマットに足をとられて転びそうになったのです。

 

その後、同じエレベーターに乗り合わせたら

その人は自嘲気味に「あぶない、あぶない」というので

こちらも

「人の世話を焼くつもりが自分がコケたりしてね」

といったら

「ホントよ、あっちへヨロヨロ、こっちへヨロヨロ。

まったく歳はとりたくないわねえ」

といいながらも面白そうに笑ったので

私も一緒に笑ってお別れしました。

 

その笑い声がコロコロと朗らかだったので

何だか心が軽くなりました。

…まだ笑うことはいっぱいあるね。

 

そういえばいつも年賀状は

笑門来福と書いているのでした。

 

年末には忘れていたよ。

 

 

 

 

 

 

こちらは戸山公園で写した枯葉

冬の陽射しを浴びて輝いていました。