強い余震のあと行方不明になっていたハルちゃんも戻ってきて、うちの庭は少し落ち着きを取り戻したように見える。
今朝は日差しも一段と明るさを増し、爽やかな風が吹いていた。
庭に出たらハルちゃんがいたので、ご飯をあげようとお皿を持ち上げたとたん、下の道で猫の大きな鳴き声がした。
びっくりして、ハルちゃんも私も固まった。
その鳴き声は、今まで聞いたことがない感じ。
猫が大きな声で鳴くときは、喧嘩で相手を威嚇するとき、発情期、親が子供を呼ぶとき、悲鳴などだ。
でも、そのどれにもあてはまらないような、奇妙な感じの声、まるでサイレンのよう。
鳴き声は途切れることなく、ずっと続いている。
しばらく固まっていたが・・・一つの可能性を思いついてギョッとした。
もしかしたらハルちゃんの妹のアキちゃんが、下の道で車に引っ掛けられて倒れ、助けを呼んでいるんじゃないの?
あわてて餌の袋を放り出し、庭から飛び出した。
うちは石垣の上にあるので、下の道へ行くには、木戸を出てぐるりと回っていかなければならない。
大した距離じゃないけど、全速力で走りながらも頭の中で「ねこの病院」の電話番号は携帯に入ってる、とか今日の午前中の予定とか、考えた。
下の道に出てみると・・・猫の姿はどこにもなかった。
最悪の事態を予想していたので、ホッとしてあたりを見回すと、反対側の歩道に白猫マルちゃんがいた。
正確にいうと、マルちゃんの顔だけが見えたんだけど。
うちと反対側の歩道は片側が塀になっていて、その先は一段低い会社の敷地だ。
マルちゃんは身体は塀の内側に置き、顔だけを塀の下から歩道に出して、こっちをじっとみていた。
歩道にデカい大福が落ちているみたい。
鳴き声が止んだところをみると、鳴いていたのはマルちゃんだろう。
「なんだ、オマエか?」
とにかく誰も怪我をしてないんだから、まあ良かったんじゃないの・・・
やれやれ、と庭に戻ってハルちゃんにご飯をあげようとしたら、またあの鳴き声!
しかも声は移動しながらだんだん近づいてくる。
ハルちゃんは、ご飯を食べるどころじゃなく、身体を低くしてすでに臨戦態勢に入っている。
サイレンのようなけたたましい鳴き声は、裏の方から近づいている。
裏に回ってみると、やっぱりマルちゃんがいた。
私の顔を見ると、逃げるそぶりをしつつ、逃げない。
ああ、そうか!マルちゃんは、自分もご飯が欲しかったんだね。
妹は人懐こいハルちゃんを溺愛している。
でも、ハルちゃんと敵対してるマルちゃんのことも気にかけている。
マルちゃんは、ヤサグレた目つきで人間に気を許さない典型的な野良猫だ。
ハルちゃんは妹の愛情を実感しているので、うちの庭はホーム、マルちゃんもそれはわかっていて完全にアウェー状態。それでも来る。
妹は猫の喧嘩を避けるために、マルちゃんの姿を見ると
「裏、裏に回って」
といって、裏の方でご飯をあげている。
町で暮らす野良猫は、ご飯をくれる人がいなければゴミを漁るしか生き延びる道はないだろう。ゴミの集積場を荒らすから、人間に追われる。
子猫のときからずっとそうして生きてきたら、人間は天敵だ。
でも人間のそばにいなければ食べ物もみつからない。
それが普通だと思っていても、人懐こい猫が「にゃ」というだけで
「おー、よしよし・・・お腹がすいたのね~!はい、たんとお食べ」
なんていわれてゴッチャリとご飯をもらうところを見たら、やっぱり面白くないだろうな。
妹がマルちゃんにご飯をあげるようになってから、マルちゃんの表情が少し変わった。前は目が合っただけで「チッ!」とそっぽを向いていたのに、最近は正面からこちらを見返すようになった。
さっきのサイレンのような鳴き声は、「オイラにもご飯おくれよ~」という意味だったのかも?今までは、自分の存在をひたすら隠して、餌を掠め取ることしか考えてこなかったけど、初めて大声で自分を見つけて欲しがったような気がする。
生まれてこのかた人に甘えるという感情を持っていないので、甘えた鳴き声が出せないのだ。
それで、今まで聞いたことがない奇妙な鳴き声になったのだ。
そう考えると、ちょっと切ない。
みんな、一生懸命生きているんだよね。